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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第九章【天才剣士と夜桜伝説】
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111 美味は国境を越えて


「お姫様ってあのお姫様!?」

「それでは、私は国王陛下のもとへと参りませんと。コトハ様、それにゴザロウ。よい留学を」

「まさかのスルー!」


 リュウの渾身の突っ込みを受け流したセンゾウは、迎えにきた【アルテミス】王族特務隊の人達と共に転移で消えた。取り残されたのは噂の姫と、少年だけとなった。


「すまぬでござる。センゾウ様は今回の留学中、我らの代わりに幾多もの公務をなされるのだ。我らがこの留学に集中できるようにとの配慮でござる」

「へぇ」


 相手にされなくなり、完全に飽きたあくび混じりのリュウの返事が、覚めきった早朝の空気に溶け込む。

 目の前には一国の姫が居て、その姫がこの学園で少しの間自分達と共に過ごすことには驚いた。ゴザロウが何を語っているかもそれなりに理解できた。しかし、睡魔との戦いが始まってしまった。


「なに寝てんのよ。私たちも自己紹介!」

「このアホ面が失礼しました。僕はエリック・ベルナルド。そしこちらがティナ・ローズ。この留学中の案内役を務めます」


 リュウが叩かれている間に、エリックが一通りの紹介を終えていた。


「俺の名前はリュウ・ブライト。世界一の魔導師だぜ!」

「なんと世界一のお方でござったか! 某の不躾な態度、お許し願う」

「なに嘘吹き込んでるのよ。ごめんねゴザロウ君、こんなバカ」

「そう言えば君達は一体何故ここにいるんだい? 僕達二人がこの役目に選ばれたのはわかるが君達には、とくにアホ面でお馴染みのリュウ・ブライトには、そんなことはないだろう?」


 戸惑いを見せたゴザロウに目も暮れず、エリックはイクトとマリーの方を見ながら訊いた。


「僕は他の方々との通訳係に」

「イクトが来るなら俺もって言ったら、フェルマがいいぞって」

「私はコレで」


 マリーは親指と人差し指をくっつけ嫌らしいポーズをとった。これには、この場にいた例外の二人を除く全員が驚いた。


「マリーお前なかなかやるじゃん」


 リュウに一目置かれたマリーは、えへへと照れ笑いを浮かべた。誉めてないよとティナが肩を叩くがこの状況は変わらない。


「……疲れた」


 凛とした声が、早朝の空気を切り裂くように発せられた。


「コトハ姫、なんてことを!」


 慌てて笑いあっていたゴザロウが後ろを向いた。コトハは寒そうに肩を震わせ、気温と同じような冷めきった目をしていた。


「それでは滞在中に使用していただく部屋にご案内します」


 鳥肌が立つほどに濃い違和感を放つフェルマの敬語。普段の脱力の様が抜けきれていないものの、やはり何かのスイッチが入っている。


 * * *


 昼食の時間となった。

 本来ならば留学生の二人はこの時間王宮に招かれ国王との会食をする予定だったが、代わりにゼンゾウが出てくれているため、学園で昼食をとることになった。招待されたのはアルティス魔法学園学生食堂の最高級VIPラウンジだ。


「ぬっはー!」

「なんと豪華な……」


 通常リュウ達が食事をとる場所は学生の大半が入るような大衆食堂形式をとっている。円卓や長テーブルに大勢の生徒が座る形だ。

 しかしVIPラウンジはその作りからして全く違う。

 学園の中でも十数人しか選ばれない特待生と、一部の大貴族のみがここに入ることを許され、その扱いはまるで王にでもなったかのようなものとなる。安価な日替わりランチが人気の通常食堂とは違い、ここはフルコースわずか一品のみがランチに提供される。

 最高級の素材を最高級のシェフが調理し、生徒達は優雅な一時を満喫する。カルテットが生演奏をするわずかな昼下がりを、特待生は過ごすのだ。


「すげー、俺初めてここ入ったぜゴザロウ!」

「なんと、そんなに珍しい食事処でござるか!」


 当然リュウ達はこんなことがなければその機会は一生得られなかった。

 純真無垢なゴザロウとリュウの二人はいつのまにか打ち解けていた。どちらも目の輝きが無駄に強い者同士、意気投合に時間はかからない。


「さあどうぞ」


 エリックが慣れた手つきでシック調のイスにコトハ姫とゴザロウを座らせた。

 VIPラウンジには専用の調理室があり、完全に通常の学食とは別のものとして存在している。近代的な床には温度調節魔法が施されており、一年を通して最適温度になるよう管理されている。高級シャンデリアには頼らない、フロアぶち抜きの吹き抜け構造により、観葉植物の育ちも最高だ。

 一面を硬質魔晶石によって囲み、可視魔法をつけることで内外を見渡すことができる作り。そこから見える庭園は、この最高級ラウンジからのみ見ることができる専用庭園だ。

 こればかりは、イクトでさえも息を呑み思考が止まるほどであった。


「じょ、女性のはだかががが……」


 外の噴水のヴィーナス像が目に入ってしまったゴザロウ。顔を両手で覆ってはいるが、指の間隔は広い。


「何見てんだ早く座ってろよ。すぐ出来っからさ」

「う、うむ、かたじけない」


 眉にシワを寄せていたリュウがゴザロウ達を眺めの良い椅子に座らせる。てきぱきと、あのリュウには見合わない動きでその場を仕切ると、すぐに何処かにいなくなってしまった。

 やはり饒舌なゴザロウとは違い、ここまで片手で数えられるほどしか言葉を発していないコトハ姫は、分かりやすい仏頂面だ。出会ってからの数時間、この表情を崩していない。


「改めて、此度の案内感謝するでござる天才剣士」


 綺麗な礼であった。イクトはその言葉に少しだけ眉を寄せていた。

 早くからの集合が功を奏し、諸連絡は朝のうちに終えている。彼らが学園内にいる内は、リュウ達も暮らしている寮の客室を使うことになった。

 彼らの滞在日数分の荷物をあの時間に手で運び、寮内の細かな場所の案内に、東洋からの来訪ということで親善の意も込めて作られた特設露天風呂の説明と、少々強引でざっくりとした案内を行っていた。

 早朝ではあったものの、それは学園の登校時間までのごく限られた数十分間しか用意することは出来なかった。

 イデアについての色々を説明するよりも早く、教室へと向かってしまった。そして、見事質問攻めにあったのだった。午前は授業を二つ潰し、質問タイムに充てられた。

 そこでわかったことだが、爺は本当にコトハ姫の付き人であった。学園内では基本的にもう一人の付き人ゴザロウが姫と行動を共にし、爺は別の公務を行うのだという。

 国王との面会等も姫ではなく爺が行うということで、コトハ姫は百パーセント留学に集中すると。本来ならばやはりコトハの仕事でもあるため、異例なことらしい。

 クラスメイト達はそれぞれ歓喜していた。

 眉目秀麗、その言葉通りの少女が来た上に彼女は一国の姫だと言ったのだ。それ以外の情報が不足していても、それだけで十分なほどに珍しい。


「まあまあ豪華じゃない」

「姫、そのような言い方は無いでござるよ」

「うるっさいわね。あんた達子供と一緒にしないでよ。私は大人なのだからね」


 少し口を開いたコトハ姫だったが、その人形のような容姿からは想像もできないような一言だった。


「あんた達お子ちゃまと交流なんてものしてるほど私暇じゃないの。仕事が山のようにあるんだから」

「ひ、姫……」


 つんとそっぽを向いてしまったコトハの態度に、唖然としていた。ゴザロウは非礼を詫びるでござると、汗だくになりながら謝っている。しかし、昼食が運ばれてきたことで険悪になり始めていたこの場も少々軟らかくなっていく。


「今日はオムライスです。リュウが作りました」

「え?」

「確かにここのシェフが作る料理も美味しいのですが、堅苦しいマナーなどはお客人に強要するものではありません。どうぞリラックスして頂ければ幸いです」


 いつの間にか台車に人数分のオムライスを乗せて運んできていたリュウ。イクトが笑顔で説明した。


「なんと、色が鮮やかでござる!」


 初めて見るものに興奮をおさえきれなかったのか、ゴザロウは立ち上がって声をあげていた。空腹であったマリーもまた、目の輝きがゴザロウと一致する。


「へっへーん、見て驚け。卵三個のアレだぜ」

「うっそー!」


 ティナが叫ぶほどのオムライスが各々の目の前に置かれる。

 リュウの得意料理の中でも群を抜くオムライス。ルビーを散りばめたようなチキンライスの上に乗ったオムレツが、一見すれば豪華だ。

 しかしまじまじと見てみると、ただ乗っているだけ。姫であるからして贅を知るコトハには、只の卵のせ赤飯にしか見えていない。そして、その油断が後に痛手となる。リュウはナイフを取り出した。


「見てろよ」


 コトハの目の前のオムレツにそれを入れる。柔らかく赤ん坊の肌のような卵はゆっくり切られていき、中からとろりと卵が溢れだす。半熟の隠された卵がルビーを包み込み、黄金色に姿を変えた。

 見ただけでその柔らかさと甘さの伝わるような卵にかけられるデミグラスソースが、鼻腔を強烈に突いてくる。美味しそうな匂いが、来た。涎が溢れてくる。


「さあ、召し上がれ!」


 リュウのオムライスは何人をも受け入れる最強の魔法だ。


「いただきます」


 丁寧に合掌したゴザロウが一口頬張る。途端に表情筋が崩れ慣れないスプーンの動きが速まっていく。


「お前も食ってみろよ」


 目の前にあるものはとても美味しそう。それを食べる皆の表情からも美味しそうだと伝わる。


「んっ……」


 コトハは込み上げる悔しさをも超えた食欲に従った。


「っ!」

「旨いだろ?」


 その後は全員完食した。何よりも、気にくわないという表情のまま同じく完食したコトハを見て、リュウのテンションが上がっていた。その日一番の喜び様だった。

 

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