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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第九章【天才剣士と夜桜伝説】
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108 マリーの提案


 イデアの冬は少し早く、それでいて長めだ。

 イデア王国の中心部、アルティスの街の魔法学園生徒達も、薄い白シャツの上にカーディガンを羽織り始めた。冬服のブレザーを着始めるのもそう遠くなく、気づいた頃には厚手のローブが必需品なってくる。


「おっ肌に突き刺す冷たいの~♪ 冷えきる家庭と小籠包~♪ 皆やめてよ、私のた~めに~♪」


 とは言えども、カッチリとしたものが生理的に合わないリュウ・ブライトは為すべきこととして着崩す。生活指導担当の教師との戦いは、もはやこの学園の名物となっていた。


「歌っててもさみ~」

「リュウ、お前またそんな格好を……ん? どうしたその絆創膏たちは」


 やはりいち早く呼び止められたが、今回はバトルにならなかった。いつもは見つけるや魔法で無理矢理制服を直させるというのに、今日は魔力を高める気配さえない。

 それもそのはず、元来より元気っ子でまかり通っているリュウが顔にたくさんの絆創膏を貼り、右腕は指先まで包帯が巻かれている。

 リュウを初めて見る人でも、よく知る人でも、それはとても異常な光景だ。言うなれば遅めの中二病か。

 言葉よりも先に手が出るような性格なのだが、そういうときでも必ず無傷で事を終わらせる。本当にここまでの怪我は普通のリュウにはあり得ないことだった。やはり遅めの中二病か。


「まさか漆黒の何ちゃらとかは封印してないよな?」

「なんだそりゃ」


 教師への突っ込みもそれきりにリュウは教室へと向かっていく。二、三歩進んだリュウは、ふと顔を上げ歩みを止めた。振り替えって一言告げる。


「必殺技、考えてんだよ」

「やっぱりこじらせてんじゃねえか!」


 朝からうるさいやつだと、リュウは呆れる。

 巨大な城の形をしたこの学園は入り口から既に魔法の塊だ。入るや否やその日の知らせを伝えるプリントがリュウの元に紙飛行機となって飛んでくる。リュウにはそれにプラスして、追試の知らせもバッチリ届く。

 『一身鏡』に靴を入れ、直してもらった服装を元の通り崩し終わったリュウの前を、【やんちゃ掃除(クリーンウィンド)】が通りすぎていく。

 これは学園の至るところを動き回る、掃除専用の風魔法だ。ごみひとつ残さないつむじ風は、女子のスカートにも手を出していく。


「っしゃ、クマだあ!」

「ぜったい花柄だと思ったんだけどな~」


 朝から大はしゃぎの男子生徒二人がそんな会話をしている。


(パンツかあ……)


 リュウにはあまり縁の無い単語だ。長い付き合いであるティナに関しては、正直パンツなどどうでもいい。



「うーん、水玉だな」

「何がよ、リュウ・ブライト」

「え、ティナのパン──「この変態!」


 最後まで言い切ることなく、後ろから現れたティナの手によってリュウの体は宙を舞う。

 その先にいた男子生徒達は目を丸くする。学園一の美少女と影で噂される程のティナが、喧嘩においては無敵のリュウを一撃で沈め、阿修羅のごとく此方へと向かって来ているのだ。立ち上がるリュウの一挙一動にも、ビビってしまう。

 リュウはティナの下着などどうでもいい。何故ならば見ずともわかるほどにはティナのことを知っているからだ。


「なんで当ててんのよ変態」

「いってー。いいじゃんか、減るもんでもねーし」


 体のあちこちを撫でながらリュウは言った。


「そういう問題じゃないの!」

「じゃあ俺も話すから、それであいこな。俺は赤のトランクスだ」

「もう、サイッテー!」


 バシンと一発清々しい音が鳴り響く。そうして、学生の刺激的な一日は今日も始まった。


 * * *


「うぃ~す」

「それが教師の挨拶かよ」

「うぃっす!」

「そうじゃなくね?」


 教室の扉を開けて入ってきたのはこのクラスの担任、フェルマ・クオルト。気怠そうな目と漂わせる空気に加え、ボサボサの髪の毛。とても教鞭をとる人間とは思えない。その男はいちいちこうなのだ。


「いねえやついるか。手あげろ~。いねえな~」


 これが出席確認だと言うのだから驚きだった。居ない者に挙手を求めて一体何が目的なのか、それはこのクラスの者はおろか、学園の生徒の誰一人にもわからない。

 リュウ達のクラスA組は、何故かこの日も全員揃う。

 そこで予鈴が鳴り、朝のホームルームは終わった。が、何故だかは不明だがフェルマは出ていったその扉をまた開けて教室へと入ってきた。

 次がフェルマの担当である魔法史の授業であるために、重要な連絡はそこでやることが多いのだが、今回はそうせずに戻ってきた。一際重要なことなのだろうと、似合わぬ身構えをするA組の生徒達。


「そうだ、このあと研修留学のあれやるから、あれしとけ。ああでも、あれだけはやめろよ、あれになるから」


 フェルマ・クオルトというのは、そういう男だ。別段重要でもないことを人間はすぐに忘れてしまう。思い出したところでそれはやはりどうでも良いことなのだ。


「研修留学?」

「ええ! 何ソレー!」

「留学に行くってことかな!」


 その部分のみしっかりとした説明はなかったが、それだけでも十分楽しめるものになっていた。留学という言葉が物珍しい。

 時は進み、一限目。

 特に変化もなく、ただ怠そうな教師フェルマが黒板に何やら文字を書き始めた。ミミズのようなへにゃへにゃした字に、生徒達は脱力しつつも書かれていくその文字に胸を踊らせている。


「あ~、今度研修留学っつうのがあるわけだ」

「だろうな、分かるわ」


 書いたのだから伝わるし、先程口を滑らせている。


「それにお前らが行くことになった」

「「「おおー!!」」」


 学園の外に行けるという喜びから、クラス全員の心が一つに纏まった。


「というのは冗談で、留学生が来るんだ」

「「「ええ~」」」


 それだけに、真実を突きつけられた彼らの落胆ぶりも凄まじい。


「どっちなんですか?」

「来るんだよ。場所は東洋の更に東、極東の国『大和』。目的は文化ならびに学習交流だ。要はこの国のことをマナビマショーって感じで来る」


 本当に分かりにくい説明だが、しっかりと聞き取っていた彼だけは違っていた。普段の落ち着きを少し崩すが、すぐに戻す。


「東洋だって!」

「大和ってなにがあるんだろう!」

「確かニンジャの国よ!」


 様々な憶測が飛び交う中、やはり彼だけはいつも通り落ち着いていた。


「あれ? 大和って確か──」


 気づいたのは意外にもティナだった。彼はその言葉に、少し反応を見せる。


「──イクトの出身国じゃなかったっけ?」

「はい」


 素直に首を縦に振った彼──イクト。言葉にはあまり気持ちが乗っていなかった。


「落ち着け。お前達が、来た奴らの案内とか留学中の手伝いをやるんだが、やりたい奴はいるか? 男女一人ずつ」


 誰も手を上げようとはしなかった。勿論、“行く”ではなく“来る”だったからである。

 リュウを筆頭に賑わいに長けたこのクラスのメンバーは熱しやすく冷めやすい。扱いづらいからこそ熱を持たない男、フェルマが担任を任されたと言っても過言ではない。


「じゃあ学級委員と副委員長のティナ、アル頼むわ」


 その場合適当に押し付けるというのがフェルマなりの解決法。ティナもアルも、今の役職に就いていることを後悔していたのは最初の頃。今では抵抗する気も起きない。


「何人来るんですか……」

「男女二人だ」


 美少年なのだろうかと、美少女なのだろうかと、お約束の重要会議に話が移っていくので、一瞬聞き取ることが出来ずにいた。


「今なんつったアル」


 リュウの怒号混じりの声が、やっと事態を表に押し上げる。


「出来ません先生」


 リュウには返事をせず、アルの意思はフェルマへと向いていた。やはりと言うべきか意外にもと銘打つべきか、澄んだ青色の瞳には譲らぬ決意が宿っている。普段無口なだけに、たったそれだけの発言に重さが加わっている。


「なんでだよ」


 見向きもされない上に拒否をするアルに、噛みつかない筈がないのがリュウだ。アルと同じ青色の瞳を鋭く向ける。燃えるような赤い髪には真っ直ぐに気持ちが乗っている。


「やりたくない」


 アルはきっぱりとそう答えた。


「はあ? アルが選ばれたんだぞ?」


 アルは返さない。


「勝手に決めてんじゃねーよ!」


 教卓で戸惑いながらのティナの制止も効かず、リュウはアルの方へと歩み寄る。


「あー、別に大丈夫だぞ」


 魔闘祭で優勝したメンバーなら誰でも良いぞ、と続けてリュウに言った。フェルマの怠さしか込められていないその言葉に、リュウは少し威力を失う。


「ていうかお前らさあ、いい加減くだらねえ喧嘩やめたらどうなんだよ。めんどくせえ」


 クラスメイトの全員もリュウとアルの関係には神経質になっていた。模擬戦では対戦を調整することも行ったし、席替えのくじ引きもフェルマまでグルだ。

 元はと言えば【メガイラ】がやってきたあの日、攻撃魔法すら使わないアルが直接リュウを殴ったことから始まっている。ティナが知る限り人を傷つけたのはあれが初めてだった。

 そしてその後の関係に、ティナを含む三人と、その他クラスメイト全員は敏感になっていた。触れてはいけないという、暗黙の了解があったのだが、《The 無神経》と評されることもしばしばあるフェルマは、触るどころか思い切りひっぱたきに来た。

 いい加減疲れたのだとはわかったが、それでもクラスのほとんどが目を見開いた。


「いやもう、ほんとめんどくせえ」


 呆れると言った風に肩を落とす。『何言ってんだお前』と魔力を飛ばして訴えかけるティナ達。最早いつ大噴火が起こってもおかしくない。リュウの喧嘩っ早さは、折り紙つきだ。


「……あの」


 揉め事に絡んでいくことの無いマリーが、珍しく手を挙げた。

 今までリュウ達の方へと向いていた目線の全てがマリーの方へと向く。あまり注目されることに慣れていないマリーは恐る恐る続けていく。


「提案があるんですけど……」

 

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