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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第二章【ゴールデンパインウィーク】
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10 公務執行妨害


 雷はとても速かった。自然界に発生するものとは違い肉眼で辛うじて見えるが、時速に直せば優に百キロは超えている。それこそ反応した直後には被弾しているようなものだった。動きは不規則だがそれさえもわからず、防御や回避などという行為に移る間もなく目の前に迫っていた。

 そしてそれが跡形もなく消えたのだから驚いた。


「何が起こったの?」


 その場にいる誰もが、もちろん雷を放った男も同じように驚きのあまり固まっていた。時が止まったかのように辺りが静寂に包まれた中で、野次馬を掻き分け二人の男性が近づいてきた。


「間に合うもんだね~」

「魔法使うなら先に言っといて欲しかったッス。ロイさん力加減バカなんだからあの子達巻き込むところでしたよ!」

「何で君そういうこと言うかな~。これでも俺はげ──「わあああ! ロイさんここ人だかり!」

「いやあ、ついねつい」

「ついって……」

「さて、事態の鎮圧だ」

「そうなんスけど、ちょっとはこっちの苦労も知って欲しいッス」


 軽くため息をついてから二人の男のうちの一人が、気絶した男達に近づいていく。背丈が小さく中性的な容貌で声も比較的高い。一瞬女性と見間違えるほどだが、太く凛々しい眉が寸での所でそれを否定してくれる。締まった筋肉が見覚えのある軍服の下に隠れているからこそ余計に疑ったが、一件落着した。

 彼は倒れている男達に手際よく手錠を着けると、全員の手錠を紐で繋いでいった。鼻唄混じりに軽快な手つきが慣れを感じさせる。

 それを眺めるリュウ達の方へ、もう一人の男性が歩いてくる。

 人目をおおいに引く金髪と、完璧としか言わざるを得ない顔立ちの男性。通った鼻筋と計算し尽くされたような二重まぶたで極めつけは薄い唇。それはまるで芸術品のような人だった。


「やあ君達大丈夫かい?」


 ロイと呼ばれたその男は、にっこりと微笑みながら近づき優しく話しかける。まるで一流のモデルのような一挙一動に、目を奪われるのは男であるリュウも同じだ。


「野次馬さん方の通報があってね、事態の鎮圧に来たわけなんだけど……」


 ロイは言葉を途中で切った。にっこりとした笑みは消さずに、一点を指差していた。会話よりも大事なものでマリーは途端に目を逸らした。

 ロイが指差した先にはマリーの右膝がある。膝小僧の部分に小さな傷が出来ていて少しの出血もある。地面の砂や埃が付いていることから転んだ後のような傷だと見てとれた。真新しい痛そうな傷だったが、マリーは首を横に振った。


「わ、私は平気です……」


 買い物をしようと街に出てから数時間としないうちに状況はとんでもなく変化していた。マリーは未だに整理がつかず受け答えも満足には出来ていなかった。ただでさえ初見の人と喋るときには勇気がいる質だというのに、目の前に迫ったのは宝石のような類いの美しさを持つ人だ。


「ごめんね、今ちょっと治療してあげられないんだ。後でするからもう少しだけ我慢しててね」


 ロイは気づいていた。先に雷を放った男がまだ立っているという事実に。


「死ね!」

癇癪雷遊び(サンダー・ピンボール)


 両手にありったけの魔力を込めて雷を撃ち放った。喚び出した雷の球。直径五十センチほどの大きさをほこり、階級で表すならば中級に値するもの。


「とても一般市民に向けるものではないね」


 文字通り掻き消した。

 その一挙は冷徹で、一動は豪傑で。ロイの右手が上げられた瞬間から空気が変わった。放たれた魔力は単純なそれのみであり、決して魔法などではなかった。ティナが用いた防御でもなく、リュウが奮った拳でもない。単純な魔力程度が強大な魔法を消してしまった。


「まず第一に暴行ね。まあ返り討ちにあってるから何とも言えないけど」


 一歩進む。ロイにとっては簡単な所作だったが、相対する男やその他の者達にとってはそうでない。まるで山が動くかのように巨大な一歩は、孕む魔力が原因だった。


「次に拉致。これも未遂なんだけど罪は罪」


 右手には剣を召喚した。魔法武器では無さそうだったが、かなりの名品。宝玉が添えられるほどには高級だ。


「あとは……公務執行妨害かな?」


 男は狂ったように詠唱をしていた。それは魔法発動のためである。


「死ね! 死ね! 死ね!」

癇癪雷遊び(サンダー・ピンボール)


 生み出した雷の球は五個、直径一メートル。中級魔法であるものの詠唱をしたことで完成度は目を見張るほど。不規則な動きと雷属性特有の速度が多方向からロイを狙った。大きさも速さも魔法の数もさっきまでとは訳が違う。数が増えた分明るさも増し、近くで見ていた野次馬は目を隠していた。

 放電音をけたたましく撒き散らし、不規則な動きでリュウ達を翻弄していたそれは、さらに動きを不規則にし輪の中心の全員を狙い飛んでくる。

 既に落ち着きを取り戻したティナは防御魔法を展開しようとするが、ロイに静止されたために魔法の発動を止めた。


「大丈夫、君達は下がってるんだ」


 ロイは言い終わると魔力を高める。まだ魔力に慣れていない、そんなリュウ達でさえわかるほどの魔力の高さ。ピリピリと刺すようなそれは、肌で感じることができる程の殺気も混ざっている。


「ゾット君、魔法の準備!」


 ロイは言い終わらないうちに足に魔力を纏わせて走り出した。一歩進んだ所で、一つ目の雷球が飛んでくる。右手に持った剣は瞬間姿を消した。誰しもがそう思ったが単純に縦に振られていただけだった。

 速い雷の球を速すぎる一太刀で真っ二つにしてしまったのだ。残像も見えなくなるほどの速さだっただけに、ついには音まで聞こえなかった。

 二個目三個目は全く反対の方向から来た。一つなら斬れてしまうとしても正反対の方向から来れば不可能。そう判断した男がニヤリと口角を上げていた。しかし所詮それは思い込み。

 ロイは剣を持ったまま回転し、たった一本の剣で同時に雷の球を斬り裂いた。不規則に動くはずの雷の球を読みきり空中でもバランスを崩さずに反撃する。


 今までの移動距離は僅か一歩。二歩目で男の数十センチ前にたどり着き、ロイの後ろで二個の雷の球が消えたのだから、何が起こっているのかは最早誰にも理解できなかった。誰にも“見えない”速さでロイ自身が移動し、雷の球を二つとも無効化してから男の前に辿り着く。説明されてもわからないであろう戦闘の内容にこの場のほとんどの人が呆然としていた。


「死の恐怖は君が語っていいものじゃない。わかったな?」


 喉元に突きつけた刃の先に乗せた魔力。突きつけられた方の男は一気に脂汗を流した。


「いいよゾット君」

「了解ッス!」

縛錠縛封(アレスト)


 華麗に唄うように唱えたその呪文は、輝く紐となって男を縛り上げる。男は抵抗する気も失せていた。


「ゾット君遅いよ。余計に時間くっちゃったよ」

「だからロイさん手加減してくれたんスね。合わせて貰っちゃって至れり尽くせりッス」


 ゾットと呼ばれた坊主頭の男。女顔の上に乗った眉毛が申し訳なさそうに八の字になっていた。


「手加減、マジか」


 見えないほどの動きが手加減だった。リュウは唖然として以降言葉が出なかった。


「さてさて、事情聴取を今からしたいんだけど一緒に来て貰ってもいいかな?」


 崩れぬ微笑みと出してくれると言った高級菓子に目が眩む中、リュウ達三人は王国魔導軍隊【アルテミス】へと向かっていく。


 * * *


 王国魔導軍隊【アルテミス】。

 その名の通りイデア王国を守護する軍隊組織であり、魔導師ならば誰もが憧れる場所でもある。リュウ達が住むイデア王国首都アルティスに本部が組まれ、イデア王国を七つのエリアに分けることで地方の守護も担っている。


「この門を潜ってもらうんだけど必ず通行証付けてね。じゃないと入った瞬間に首飛ぶから」


 本部は、王宮、そして学園に次ぐ広さを誇り巨大な鉄門と塀に囲まれている。厳重な警備はそこに住む人々ならば熟知しているが、改めて聞くと血の気が引いていった。


「そうだ紹介が遅れたね、彼はゾット・ミッド。こう見えてもイデア王国西方五番隊の副隊長さ」

「こう見えても、は余計ッス!」

「スゲー! 本物!?」

「勿論ッス!」


 ゾットがえっへんと言わんばかりに胸を張った。

 各地方を七つのエリアに分け、それぞれを一から七番隊が駐留している。本部とは別動として存在し、その隊をまとめる隊長は軍の中でも指折りのエキスパートマジシャンで構成され、支部全域を守護している。


「俺はロイ・ファルジオン。ただの本部勤めさ」


 本部勤務という位置でも階級は副隊長と比べ物にならないほど下だ。リュウはあからさまに気を下げた。


「なんだぁ、隊長より偉そうだから元帥かと思ったのによ……」

「え、ええ!? そんなことないッスよ! な、何バカなこと言ってるんスか! 元帥が顔なんて出してるわけ無いじゃないッスか!」


 急に上ずった声を発したロイでなく、ゾットだった。

 隊長格をも凌ぐ実力を持つ強力な魔導師が、《元帥》と呼ばれる者達だ。一般的に四人の猛者で構成され、四元帥とも呼ばれる。彼ら元帥は他の隊士や隊長達とは違い、首都アルティスに駐在し直接王の命令に応える事が主な任務だ。

 元帥の基本的情報はどれも非公開で、王より授かった二つ名のみが公表されている。素顔すら晒すことはなく、どれも最重要国家機密である。


「あの、本部ってことは《賢者》様もいるんですか?」

「どうだろうね。戦闘以外でも色々忙しいからあの人」


 そしてさらにその上、軍の最高指揮官である人間を《賢者》と呼び、国の最強の称号と共に【アルテミス】を動かしている。

 名を「ジオフェル・グラントハイツ」といい、世界最強の魔導師としても呼び声が高い。時折街に出てはパトロールをしたり、軍のイベントにも出席したりと、とても社交的な人物で意外にも顔は公表されている。

 イデア王国の首都アルティスには、約一万人が住んでおりその街の中央には城をモチーフにした建物、王立魔法学園がある。イデア王宮が正門から一番遠く離れた場所にあり、正門、学園、王宮と一列に並んだような形となっている。その学園の西側に佇むものこそ【アルテミス】本部だ。


「ここが会議室なんだけど少し待っててくれる? 書類とか用意するから」


 近代的な造りの建物に案内され、綺麗な受付嬢に挨拶をしたところで案内された。洋式の極みとも言えるような豪華な場所が、比較的簡素とされる会議室。軍の地からがこういうところにも現れているのだと感動した。

 広い部屋に置かれた丸い机に仕舞われていた椅子にリュウ達を座らせると、ロイ達は部屋を静かに出ていった。


「見ろこの椅子。フカフカだ!」


 早速、椅子の上に飛び乗るリュウ。ここに来るまでの数々の誘惑に耐えていたのだがもう限界だったようだ。


「わわ、駄目だよリュウ君!」

「見て見てマリー、これ朝から並ばないと食べられない有名店のだよ!」

「スッゲー! わけわかんねー魔物の頭が壁にくっついてる!」


 そろそろ収拾がつかなくなったその時だ。


「……エンジョイしてるようで何よりだよ」


 軍服という正装に身を包んだ二人が入ってきた。

 

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