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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第八章【レイジー】
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106 殲滅作戦用重火器型魔法武器『マギ』


 落ちてくるウェルダーの背中を穿つように、拳を突き立てたリュウ。身動きの取れないウェルダーには、強化魔法に炎の熱も加わったリュウの拳打を、避ける術が無い。

 まるで勝利が決まったかのように突き立てたその拳は、豪炎と共にウェルダーを打ち抜いた。大爆発によってウェルダーは天井まで打ち上げられ、受け身する間もなく落ちていった。


「へっ口ほどにもねーな」


 気絶したウェルダーへ得意気に鼻を鳴らし、籠手を異空間へしまう。それを合図に、レイジー家の使用人が一斉に捕縛魔法を掛けた。


「マリー!」


 全てを終えたその時、ゼウンがその場までやって来た。アルの治癒魔法によって回復したが、傷口の痛みは引いていない。患部を押さえながらゆっくり歩いてきた。

 ゼウンが全て終わったことを察し、【アルテミス】警務隊への連絡も済ませた頃には、駆けつけたアルがイクトの肩を治療し終えていた。


「すまなかった、本当にすまなかった」


 マリーの汚れたドレスごと抱き締めるゼウン。苦笑いではありながらも、マリーは拒否することはなかった。


「出たなろくでなし!」


 階段を般若のような顔つきで上がってきたリュウは、抱き締めるマリーをうまく避けて、ゼウンを思いきり殴り飛ばした。傷口が開くということは彼には関係ない。


「リュウ!」


 あわててティナが止めに入る。倒れ込んだゼウンに誰しもが駆け寄ろうとしたが、ゼウンの上げた手によって足を止めた。

 一人で立ち上がるゼウンが見つめるのは、落ち着きを取り戻したリュウであった。


「なんであんな真似したんだ!」


 この場は静まり返る。


「お前はマリーの父ちゃんだろ! マリーを最後まで守り通してやらなきゃなんねーんだぞ。誘拐なんて馬鹿な真似してんじゃねーよ!」


 さらに続ける。


「俺には両親がいない。六歳過ぎるまで記憶すらない。それでも、母親代わりの人も、最近になって頼れる兄貴みたいな人達もできた。ティナとアルとだけだった仲も、いつのまにかマリーとイクトが増えていた。……スッゲー嬉しかった」


 不器用に並べられた単語達も、リュウの本心だ。


「『本当の強さ』すらわからない俺でもこれだけはわかるぞ。やっぱりアンタとマリーとの関係、それは違うんだよおかしいんだよ。こいつらが俺に出来ないようなことでも、アンタはマリーにしてやれるんだ!」


 荒い息づかいを整える。


「それが父親なんじゃないのかよ!」

「いいよリュウ君」

「よくねー! 友達がこんな目にあってんだ! 良いわけねーだろ!」


 マリーにも言い切った。こんなにも自分のことを思ってくれている人のことを、今までマリーは信じていなかった。改めてそこには負い目を感じてしまう。しかし、今は違う。ただただ信じると決めたから。


「パパ私ね、学園でやりたいことがあるの。リュウ君達と卒業したいの。二大貴族の一角として王族特務隊に入るために。だからそれまでは、どうか自由にさせてください。それを言いに来たのよ」


 リュウを無理矢理伏せて、マリーは頭を下げた。ゼウンはそれから少しの間言葉を発さなかった。しかし、できた間に口火を切ったのもまた、ゼウンである。


「私が背負うものはそんな簡単なものでもないのだ。王を護り国を護り、さらに家族を護らなければならない。それに、君の言う『本当の強さ』なんてものもさっぱりだ」


 リュウは黙っている。ゼウンの言うことには気に食わないが、反論することはない。目を見ればわかるのだ。その男の、父親としての決意を。


「しかし、私はそのすべてを護ってみせよう! 何もかもをこの手で護って見せる! だから安心してお前達はマリーの友達をやってくれて構わん!」


 リュウは、ニィッと笑った。マリーの方へゼウンは向く。


「いつでも待っている。好きなように帰ってきなさい。そしてそれまでには、私のことを許してはくれないか?」


 ゼウンはニケが遺した手紙を差し出した。マリーはそれをすぐに受けとる。


「パパ、大嫌いよ」


 満面の笑顔で言い放った。いつもの作り笑いなど、比べられようもない。


「マリー、冗談だと言ってくれ……マリー!」


 ゼウンは崩れ落ちる。


「あら、反抗期ね」


 ゼウンの肩を支える母ネイシェルが笑った。どうにも腑に落ちないと言ったようなリュウも、仕方なく口を閉じる。


「旦那さま! 旦那さま!」


 メイド服を来た一人の使用人が、ひどい剣幕の表情のまま走ってきた。息を切らし、それが落ち着くまで、謎が辺りを覆う。


「ぶ、武器庫から、宝剣が……盗まれました!」


 儀式で用いる宝剣だ。全面を金と銀で加工し、最高級の魔晶石と宝石で作られた世界に二振りしかない剣だ。それが盗まれたとなれば一大事である。しかし、犯人と宝剣の場所はすぐ近くにあった。


「あ、あの人達です!」


 開かれた大門の向こう側、小さく見える何かがふわりと空中に浮かんでいた。それは、予想に反するもので、あまりこの国では見かけない空を駆ける乗り物だった。


「気球だ!」


 慌ててゼウン以外が外に出る。既に小さくなってしまったその気球には、おそらくは人間が、それも三人の男が乗っていることがわかった。

 そして、誰しもが感づいた。マリーを誘拐し、ここに来るまでの道を案内してくれた三人組。高らかに笑っているマフィアの連中だった。


「あらやだ」


 ネイシェルが言う。その言葉に込もっているものは少なくとも焦りでは無かった。


「なに呑気に言ってんだよ! やべーじゃん!」


 呑気に苦笑いを浮かべるだけのネイシェル。使用人達もネイシェルが外に立ってからは、落ち着きを取り戻していた。


「う~ん、七百メートルくらいかな」


 そして、マリーは一歩前に踏み出す。


「まさか、そっから捕まえるの?」


 ティナは後ろからマリーに聞いた。既に乗っているのが人かどうかの区別もつけられなくなってしまっているマフィア達を、どう捕まえられるのか聞いたが、帰ってきたのは単純なものだった。


「そんなまさか」

「え、でも……」

「え、撃ち落とすんだよ?」


 ふわりと笑ったマリー。この場の誰しもがその言葉を疑った。穏和でな性格のマリーが、随分と物騒なことを言う。


「でもマリーのあの小さいやつじゃ……」

「『メルキオール』じゃ届かないね」


 ティナの言う小さいやつ、つまり『メルキオール』はリボルバー式の拳銃だ。既にこの距離では到底撃ち落とすことなどできない。文字通り天と地の差が空いてしまっているからだ。


「殲滅作戦用重火器型魔法武器『マギ』。東方三博士の名を冠する魔法武器であり、全世界唯一の三丁一対よ」


 マリーが魔力を高めながら口ずさむ。マリーにとってはそんな説明せずともよい。鼻唄のように軽いもの。


「『メルキオール』は機動性を司る黄金の拳銃。我がレイジー家の銃闘術と最も相性の良い魔法武器」


 マリーは再び笑った。


「だから“こっち”なの」

【次元転送・バルタザール】


 小さな地響きと共に現れたのは、紛れもないマリーの魔法武器。しかし『メルキオール』ではない。

 マリーの魔法武器は重火器『マギ』。三丁一対の特殊な武器故に、三つ持つこととなる。シリーズとして存在する二つ目を喚び出したのだ。

 マリーの背丈を優に越えて存在を主張するそれは、全面が白の落ち着きのある“ライフル”だった。長い銃口に薔薇の飾りが、そして魔法弾を放つために宝石のような魔晶石が。高貴な重厚感とマリーの性格のような可愛らしさが相まった、マリー専用の狙撃用ライフルだ。


「すっげー!」


 リュウの興奮を存在感で抑え込み、地面に脚をたてる。マリーの倍以上の全長を誇るそれは、巨大がゆえに安定感に欠ける。銃身近くに取り付けられた脚によって支えられるのだ。

 風の流れも穏やかになり始めた今を見計らってスコープを覗く。落ち着いて深呼吸をし、狙いを定める。

 同時に、一番後ろに付けられた魔晶石が黄色く輝き出した。雷属性特有のバチバチとした放電音を奏でながら、今か今かとそのタイミングを窺う。

 柔らかい純白の、されど厳かなライフルはマリーの想いに応えようとしていた。だからこそマリーもまた、全てを込める。想いを込める銃の本領を見せつける。


「盗んじゃだめっ」


 はためくブロンド、ドレスに包まれた豊満なソレ。厳つい銃声と共に空気まで震わせ、七百メートルを撃ち抜く。目に見えぬ速さで進んだ魔法弾は、気球を撃ち抜いてもなおその速さを緩めることなく、消えていった。

 銃口から噴く煙が終わりを告げると、穴の空いた気球から、小さく宝剣が落ちるのが見えた。


「あら」


 するりと右手を伸ばしたのは、マリーの母親ネイシェル。魔力を一瞬高めたかと思うと直ぐに風を巻き起こした。向かう先は落ちる宝剣。つまようじ程の大きさに見える宝剣を救い上げ、自分たちの元まで運んでくる。

 人騒がせなマフィア達は地に落ちたが、その辺りはレイジー家の警備室がある特別な場所だ。そしてようやく、事態は終息を迎えることとなった。

 

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