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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第八章【レイジー】
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104 赤髪青目の単細胞


「神風流抜刀術弐ノ型【神楽歌】」


 抜刀時の石礫を放ったのは目標を捉えたイクトだ。

 動く目標であるウェルダーはその外見と歳からは想像も出来ないほどに素早く石礫を躱していく。屋敷の高価な石を飛ばしただけに、当たってくれなければと願うがやはり無理だった。

 この国の王を支える王族特務隊双隊長ゼウン・レイジー。彼の執事であるウェルダーもまた並外れた戦闘力を有している。生半可な魔導師などでは決してない。


「ふん、諦めがわるいのう小僧」


 合間合間に魔法弾を飛ばし牽制してくる上に、身体強化の一切は解かない。達人並みの魔力コントロールを見せつけ、学生離れしているイクトでさえ追い付くだけでも至難の技だった。広い屋敷の中とは言え、間もなく玄関の方へと着いてしまう。そうすれば当然逃げられ、事態は最悪の一途を辿ってしまう。

 【アルテミス】四元帥は素顔や本名でさえ国家機密として秘密にされている。しかし王族特務隊については、それに至らない。英雄を支えた子孫としての威厳と、何よりも王族を守る盾がどのようなものか誇示しなければならないからだ。

 しかし、それは時に弱点にもなる。

 王族特務隊隊長に何かあれば他国に付け入られる隙ともなる、さらに不祥事ともなれば国際問題にもなってしまう。二大貴族と禁忌魔法を結びつけることさえ、混乱は免れない。

 イクトにはそれまでの流れを読み取る力があるだけに、尚更ここでウェルダー逃がす訳にはいかない結論に至る。


「最悪ですね」


 風を飛ばしながら剣で斬りかかるも、ウェルダーにすんなり躱される。せっかく詰めた距離をまた引き離される。既にそうしている内に玄関を守護する大扉まで辿り着いてしまった。

 ウェルダーは大扉に手をかけるが、開けることはせずに扉を背にしてイクトの方へと向き直る。


(やはり厄介な方だ……)


 相手が実力者で、自分がそれよりも格下の場合、この状況はとても分が悪い。ウェルダーの取る故意の間合いは、絶対不可侵であるからだ。

 この場で勢いに任せて逃げられたとしても、目の前の見晴らしの良い草原ならば逃げる方角はわかる。数分で戦力を集め、情報の漏洩を最小限に抑えることができる。

 しかし、こう間を取る時間を与えれば、発動に時間のかかる転移魔法や、イクトを殺し何も知らない使用人を言いくるめることもできる。扉の前に使用人を配置しようにも、逃げる際に殺られ戦力を極端に無くすだけだ。

 何よりもその故意の間合いを突破することがイクトにはできない。


「あと少しですべての準備は整うはずだった!」


 ウェルダーは、大扉によりかかりイクトに叫ぶ。空気を震わせるように、怒りも加えていた。


「準備、ですか……」


 話を返しつつ、イクトは身体強化を強める。仮にウェルダーがアクションを起こすとして、魔法発動以外ならば勝機がある。

 ウェルダーほどの魔導師が魔法を使うとなれば、イクトは防御魔法を使わなくてはならない。それが得意でない上にウェルダーの有する属性もわからない状況では不利になるのみ。時間の経過と共に分が悪くなっていく。


「お前達が変な詮索をしなければこのまま真相は闇に消えていた! 余計なことをしたなぁ!」

魔法球(スフィア)


 怒りに任せた魔法を飛ばすウェルダー。何と言うことない中級魔法の詠唱破棄だ。イクトは軽々と切り裂いた。


「なぜこんなことを。貴方ほどの人が旦那様を裏切るなんて……」

「裏切る? バカなことを。私はゼウンに雇われたときからこれを目標としていた!」


 これとは禁忌魔法の研究のこと。ウェルダーは話を続ける。


「この世は腐っている! 貴族は保身のためだけに多額の税を奪い、私腹を肥やす。二大貴族というだけで神にでもなったかのような振る舞いだ!」


 棘を孕んだような言葉が魔力に乗って流れてくる。


「それを滅ぼそうとして何が悪いのだ!」


 隠し持っていた拳銃を取り出し、即座に引き金を引いた。先程撃ったものと同じそれには実弾が込められていて、時速数百キロの弾丸がイクトの右肩を貫いた。

 肩を抑え膝をつくイクトに対し、ウェルダーは限界まで口角を吊り上げながら近づいてくる。焦げ茶色に統一された服装の内に潜む鍛え上げられた肉体を大きく使い、瞬時に距離を詰めたウェルダーはイクトを蹴り飛ばした。

 鈍い音と刀の落ちる耳障りな音とが混じりあい、ウェルダーは高らかに笑い声を上げた。空気が振動するということが、傷口を通してわかったイクトは必死に頭を動かしていた。


「イクト・ソーマ。お前はあの《落ちこぼれ》に好かれていたな」


 銃口は真正面にあった。

 壁に寄りかかるようにして座り込むイクトは、血にまみれた右手で風を放つ。しかし、それは全くの意味をなさずに、あっけなくウェルダーによって消滅させられる。

 幸いにもかすり傷らしき肩に、魔力を高めていく。治癒力を高める便利な手段ではあるが、それでも小一時間は掛かりそうだった。

 ウェルダーは扉から離れ銃を向けてくる。対してイクトは、再び対策をたてようと魔力探知を全範囲に行った。


「アイツを連れてこい。そうすればアイツに罪を全部押し付けて、代わりにお前を二大貴族の次期当主として国王に進言してあげよう」


 イクトの魔力探知は気づかれなかった。それこそが、決定的だった。これは既に、勝ちなのだ。


「迷惑だったのだろう? だからそこから解放して差し上げよう。お前は私と同じ平民だからな!」

「まずひとつ目」


 イクトはウェルダーの笑い声を遮る。


「マリーは《落ちこぼれ》ではありません。次に二つ目、二大貴族というのはレイジー家でなくてはなりません」


 手の届かぬ先に落ちている『笹貫』を異空間へと戻し、再び自身の手の中に喚びよせる。


「三つ目、と続けたいのですが何分思い付くことが多すぎました」


 刀を抜き刃を滑らせる。

 一連の動作に無駄はなく、ウェルダーの銃弾さえ難なく斬り伏せる。一歩下がったウェルダーに、浅いながらも一撃を入れる。一閃した刃には魔力さえ乗っていなかった。想いという物のみで、充分だった。


「なっ!?」

「文書にて後日お送り致します。牢獄宛にでも」


 イクトの言葉が突き刺さったかのように、玄関の扉は砕かれた。魔力探知をしていたからこそ、その魔力の力強さも、込められた想いも、疲れも、優しさも、全てを把握できていた。

 赤い髪の毛を揺らしながら、両手の籠手に炎を集める少年が、全ての闇を照らす太陽の如く君臨する。


「てめーこの野郎! 出てこいウェルダーァ!」


 リュウ・ブライトの雄叫びは、通常運転だ。


「な、なぜお前が……」


 不意を突かれ斬りかかってきたイクトに恐怖し、閉じ込めたはずのリュウを見て驚愕し、その後ろに佇む銀髪の少年を見て絶望したウェルダー。震えが銃にまで伝わった。


「どこだエセ執事! ……ってあれ、イクトじゃんか。あの野郎はどこだ」


 リュウはウェルダーの横を素通りし、イクトの元まで近寄った。勇ましく燃える両手の炎はそのままに。イクトは呆れ、後ろから着いて来た槍を持った銀髪の少年が罵倒する。


「だから単細胞のバカは困るんだ」


 銀縁メガネを直しつつ、魔法武器である白に染められた槍を異空間にしまう。二大貴族ベルナルドを背負う、エリック・ベルナルド。純白の槍『アフラクラトル』を使うまでもないと判断した。


「てめー、また言ったなエリック。次言ったら容赦しねーって、……あっ!」


 振り返ったことで視界にはウェルダーがしっかり入った。時が止まったかのように誰もが黙った。


「ウェルダー! てめーどこに隠れてやがった!」

「あれはさて置き、どうしてここに?」


 来ることが探知できていたイクトは、リュウの後ろに立つエリックに聞いた。リュウはウェルダーに対し唸っているために話にならない。


「昨日君達がここへ来る前に呼ばれたんだ。あの単細胞の馬鹿に声をかけられたのは癪だったが、来てしまった」

「はあ」

「それに、証拠もあるんだ。例え呼び出した相手がこのバカでも、来るしかないだろう」


 不機嫌そうにエリックは言った。イクトは勿論聞き返した。証拠というものの正体を。


「ウェルダーは【メガイラ】の一味だということがね。そこで父に頼み軍を使った。そうしたら、簡単に足がついた」


 イクトが【メガイラ】という単語に眉を寄せたことに気づきながらも、エリックは懐から紙の束を取り出した。両手の指では数えられない程の紙を束ねたそれらには、一見しただけでもかなりの量の情報が書かれている。

 日付ごとにウェルダーの行動をまとめた上に、それまでウェルダーに関わったすべての人間の履歴も載っている。それは数日で手に入れられる様なものではないと、リュウにさえ理解できる。

 軍の警務隊は主に自国の警務、つまりは国民のために、より身近なところで働くがそれらもここまでは行わない。ベルナルド家は、独自にウェルダーを追っていたということだった。

 何年にも渡って。


「しかし、ここから先は君達でなんとかするんだ。別段、僕はマリーを助けに来たわけではないからな。父から預かったものをゼウン様に渡す」


 エリックは紙の束を懐に戻し確認し終えると、中央階段を上がっていく。イクトは意外にもこの状況でクスリと笑ってしまった。苛つきを背中に宿しつつも、それはウェルダーへと向けられているものであることはわかった。

 一番は、やはり口調。

 エリックは「マリー」と呼んだ。《落ちこぼれ》という語はもう必要無くなっていたようで、イクトは笑ってしまった。恥ずかしさはやはりあったのだろうと、耳が赤いではないかと、そう呟くことも笑いに邪魔される。言い慣れないことはやらなければいいのにと。


「さて、リュウ」

「あん?」

「彼の持つ銃は実弾に切り替わってます。当たったら死にますから」

「マジ?」


 イクトは首を縦に振り肯定する。イクトはリュウが脂汗と共に小さくなっていくのを確認すると、壁に寄りかかり集中しはじめた。


(……あと五分)


 魔力を肩へ集める。


「まあやってみっか」


 ここでの目的はウェルダーの捕縛だ。リュウの頭は至って冷静に機能しており、その目的は念頭にある。足に魔力を纏わせ、強化する。両手の炎も高々と。


「ふん、イクトの次はお前か。私も舐められたものだ」


 銃口をリュウへと向け、そう口火を切ったのはウェルダー。口角は吊り上がり、何かを諦めたのか先程の震えももう止まっている。


「最初の計画とは違うがまあいい。ゼウンは深手を負った。ならば皆殺しも楽勝、というものでしょう。この銃は必要ないな」


 ウェルダーは持っていた銃を投げ捨てる。代わりに異空間から別の物を取り出した。

 

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