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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第八章【レイジー】
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103 貴族らしく、華やかに


 予想通りすぐに硝煙の匂いが鼻をつき、大きすぎた音によって耳がおかしくなる。


「アナタ!」


 銃声の後に倒れたゼウン。そこまで見れば何が起こったのかは素人でもわかる。ゼウンの体にすぐさま駆け寄り、ネイシェルは魔力を高めた。


天空戦刃(ブルーム・ウォルサー)


 ゼウンを抱き抱えてまだ息があることを確認し、風属性の下級魔法を詠唱破棄で発動した。マリーの横を通りすぎた風の刃は、まっすぐ一つの目標に向かう。

 もう二度銃声がすると、その風魔法は破壊された。そして発砲した張本人である、この家の執事長ウェルダーは部屋にあった緊急転送魔法陣でこの場から逃げた。

 一瞬の出来事だっただけにそれまで頭の整理が追いつかなかったのだが、転送していったウェルダーの笑い声がマリーを我に返した。


「パパ……?」


 慌てて駆け寄ったものの、何もできずにひたすらゼウンの名を呼び続けるネイシェル。両親に襲いかかったその光景をマリーはやっと理解した。冷静になった頭は、それまでバラバラに散らばっていた点と点を、線で結んでいく。自分には見合わない探偵役の仕事を完璧に全うする。


「話は後だ」

治癒乱反射(プリズムヒール)


 そのどれをも遮って、速度優先の治癒魔法が発動した。光が差す場所ならば完全詠唱せずとも一定量の回復が行える光属性中級魔法。アルが両手をかざした頃には、既に治療が始まっていた。


「ウェルダー……」


 イクトは極限状態まで魔力を高めると、部屋を飛び出していった。転移先は昔の経験からわかっているので割り出すのは簡単だ。


「パ、パ……?」


 マリーは恐る恐る近づいていく。この状況に頭の整理が追い付かず、たどたどしくゼウンに触れる。アルの魔法で徐々に治り始めていても、止めどなく血が流れ続けていた。

 それは銃で撃たれた傷だ。銃を深く扱うものならばその恐ろしさを知らないはずがない。くりくりとした瞳からは大粒の涙がこぼれ始める。


「パパ!」

「動かすな」


 触れることのできる状態ではないことは重々承知のことだが、手が勝手に動いてしまう。すぐにでも弾丸を抜かなければと余計な動きをしてしまう。アルがその手を弾きつつ、さらに魔力を高めていった。


「この人は死なない」


 短いアルの言葉も届きそうにはなかった。


「アナタ……」


 ネイシェルは、ようやく顔色に生気の見られ始めたゼウンに声をかける。安心できない状況なだけに、少しの変化も見逃さない。アルの魔法もそれを合図としたかのように強くなっていく。


「パパ……」


 座り込み声を上げ泣き始めてしまったマリー。


「追いかけよう」


 ティナが、うちひしがれるマリーに対し口火を切った。峠と言うべきものを越えたのかは定かではない。しかし、顔色の良くなったこの状態が今一番に気を引き締めなければならないときだということはわかる。

 ウェルダーを取り逃がしてはならないという正義感の方が、この状況での手助けを拒否する。ティナにできることは、何もない。追いかけることしかできないのかもしれない。それさえも、わからない。


「わ、私は……」


 泣き癖がついてしまい、うまくしゃべれない。過呼吸にも似た制御できないものに、支配されている。涙も止まらない。


「マリー、いい加減にして」

泥遊びの行く末(ダスト・ウォリオン)


 手のひらを強く閉じ、握り拳をつくる。渾身の力で握ったそれを開けば、現れたのは濁った薄汚い泥水だった。大雨が降った後の川の水のようなそれは、まさにその威力のまま、マリーに飛ばされる。

 水属性を持ち、土属性も持つティナの複合魔法であるのだが、それはまるでこの場の全員の心を体現したかのようなものでもあった。

 変色し、淀む。濁り、汚れる。

 属性の複合魔法に驚くことも出来ぬままマリーは、薄汚れた水を吸い重くなったドレスによって床へと座らせられる。


「いつまでそうやって泣いてるつもりなの! 何でそんな簡単に諦めるの!」


 ようやく目覚めたティナは、続けて氷のように冷たく言い放った。


「そうやっていつもいつも泣いてばかりじゃない! どうして直ぐに座り込むの!」

「ティナさん……」

「今朝、私達を呼んだのはこんなものを見せるためだったの? イクトと話すことが出来たって喜んでいた笑顔は何だったのよ! あんたの覚悟はそんなものだったの!?」


 ドレスに身を包み、マリーは走ってティナ達の部屋にやって来た。息を切らし、久しぶりの再開だと言うのに関係なく、マリーがあれやこれやと機関銃のように喋りだしたのだ。一通り喋り終えた後に神妙な顔つきに変わり、私は覚悟を決めた、と告げた。

 それが数分前に起きた出来事。

 ゼウンが銃弾に倒れるまで、マリーを支えていた“それなり”の覚悟だった。

 溢れる怒りが魔力にも働きかける。空気を震わすような魔力がマリーにも届いていた。


「アル、容態は?」

「止血は済んだ」

「助かるのね?」

「うん」


 直接魔法を掛け続けるアルが頷いた。それだけで安心感は充分だった。そして再び、ティナはマリーへと向き直る。


「この状況なら、泣きわめくことよりも先にやることがあるはずよ。戦わなきゃいけないってことが、わかるはずよ!」


 あらゆる感情が頂点に達したティナは一呼吸置いて間を取る。マリーは次の言葉を、待っている。


「だから少しは私達を信頼しなさいよ! いつもの作り笑いをやってなさいよ! 分かってるんだからね、いつもちゃんと笑ってないことくらい。この、泣き虫クソ貴族!」


 肩で呼吸を繰り返しながら、深く息を吐き出す。


「ふー、スッキリした」


 そう言って部屋を出ようと扉に手を掛けた。


「……待って」


 マリーは重くなったドレスの裾を絞りながら立ち上がる。濁った水が地面に溜まる。こちらもまた、空気を震わすような魔力を垂れ流す。


「私は泣き虫じゃないし、クソ貴族でもない」


 既に涙は止まっている。


「リュウ君が捕まって動揺してたのはティナさんの方じゃない」


 不思議とマリーはイクトのことを思い出す。

 黒いさらさらとした髪の毛、宝石が埋め込まれたような綺麗な瞳、すらりとした手足、誰にでも優しい性格。自分が一番近くで見ていたようで、しかしそうでもない。ただ自分が彼にすがっていただけだ。

 誰かにすがるだけの生活は、貴族のたしなみのようにも思える。一人で生きていける貴族はこの世にはいない。金と保身と少しの快楽で、貴族はクソになれる。それはきっと自分も同じなのだろうと悟ったのはいつ頃からだっただろう。

 泣いていればそれら全てをやり過ごせると勘違いしていた。自身の心を全て塗り替えてもいた。マリー・レイジーという肩書きにただ泣きつくだけの幼いクソ貴族には、それさえ満足にはできていなかった。

 学園に通ったのもきっとそれが出来なかったから。エリックのように貴族に浸ることが出来なかったから。

 しかし、マリーは笑う。

 何者にも妨げられることのない自由な笑顔をティナへと向けた。貴族は貴族らしく真実から逃れようとしていたが、もう心に決めたことから目を背けることもできない。案外そうやって生きるのも貴族らしいと、マリーは幼心に痛感し、受け入れる。

 つまりはもう、逃げぬと。


「心配だったら、ティナさんが助けに行って。私はイクト君とウェルダーを追いかけるから」

「え?」

「私の家を私が守るのは当然でしょ」


 走りながらティナを追い越す。マリーの方が先に扉を開けた。開けた視界の先の廊下は、貴族らしい豪華な内装によってきらびやかな雰囲気に仕立て上げられている。くるりと、ティナを越えた先のネイシェル達の方へと向き直り、告げる。


「マリー・エヴァーシェ・ランス・レイジーは、大好きな人を追いかけます。もう少しだけお待ちくださいお母様、お父様。それと、貴族らしくすべての罪はウェルダー元執事長に押し付けます」


 パタパタとマリーは走り出し、そして転んだ。慣れないヒールで走るものではない。


「ほら」


 手を出したのはティナ。出会ってから初めて本音を言えた友達。覗きこむ顔を見てふと、これからのことを考えた。一杯遊びに行きたいと。買い物や、街のスイーツ巡りに二人で行ってみたい。もうワクワクしてくる。

 マリーは悩む暇すらなく、その手を掴む。立ち上がり、濡れたドレスについた毛やチリをとろうとする。そして諦める。このままでは貴族らしくないので、咳払いでもしてみた。


「ありがと、にしてもやり過ぎティナさん。このドレス、いくらすると思ってるの?」

「マリーがいつまでもグジグジしてるのが悪いんでしょ?」

「ふ~ん、そういうこと言うんだ。じゃ、弁償してもらおっかなぁ」


 そう言いマリーはティナの耳元まで顔を寄せる。少しの間のその時間で、耳打ち。ティナの顔は一気に青ざめた。走馬灯でも見えているのか、目はまばたきを繰り返している。


「ま、困ったときはお互い様だもんね」


 マリーはいたずらにそう笑うと、ヒールを脱ぎ捨て走り出した。


「私、余計なこと言っちゃったかも。ていうか、初めて聞いたわそんな金額」


 改めてティナは、二大貴族という英雄を支えた一族の恐ろしさを知った。

 

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