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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第八章【レイジー】
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99 危険な近道


 完全に間に合わない計算を終えたところで、募るのは焦りだけだった。


「なんでもっと早く言わないの!」

「僕に言われても困りますよ。王国が決めたことですし」

「どうして急に冷静になるのよ!」

「とりあえず走るしかねーぞ!」


 ドタバタと(ほこり)を立てながら出ていくリュウ達。慌てふためき扉につっかえ、ティナとリュウはようやく外に出た。二人のうるさい足音を聞きながらイクトも後を追う。しかしアルは既に諦めていた。

 勝手に話が進んでいき、気づいたときにはマリーが出ていったのだ。リュウ達が慌てて出ていった辺りでようやくのんびりと状況の判断が出来た。日頃からコミュニケーションを取っていないことが仇となった。

 どうせ間に合わないからと倒れた椅子やら机やらを元に戻してから扉のノブに手をかける。


「青春だなぁ」


 出ていく寸前のアルを見つめながら親分が言った。アルにとってはどうでもいいことなので、特に関せず扉を開ける。

 しかし一歩を踏み出したところで、湿っぽいねっとりとした声に後ろから掴まれたような気がした。あの親分だった。


「おいおいおい、ちょっと待てよ」


 親分の魔力が少しだけ高まっていた。彼を捕らえた得物はただの紐。当然魔力は使える。戦闘になったとしても負けることはなさそうだったが、その選択だけはしたくなかった。


「あいつらは馬車に間に合わねえよ。このまんまじゃ行きてえ所には着かねえなぁ」


 嫌みたっぷりに笑う。アルはすこしムッとしたように睨んだ。

 しかし親分の言うことにも一理あった。残り三分弱で発車してしまう馬車の停留所までは五分かかる。到底間に合わないことはアルも気づいていた。だから諦めてゆっくり行こうとしていたのだ。


「兄ちゃん、取引しようや」


 ねっとりとした魔力を孕んだ言葉だった。口角が引き裂けそうなほどに上がるその表情は、この状況を楽しんでいるものだった。


「……?」


 親分である男の出方を待つことにした。


「要は魔物の出る道を安全に進むか、魔物の出ない道を進むかすればいいんだろ? そんで俺はこの辺りの地形に詳しい。なんと驚いたことに近道まで知っている。それも魔物の出ない安心安全が売りの優しい道だ」


 男の瞳を見つめるアル。濁った茶色の瞳も、このときばかりは透き通っていた。薄暗い室内でも映える白髪を捉え、そして自身の青い瞳を捉えている。嘘を吐いていないということがわかっただけに悩む。


「縄を解いて一緒に連れてってくれや」


 マリーの実家まで行くには馬車を使わねばならない。その道中には多くの魔物が出現し、ランクの高い魔物もいる可能性がある。防御魔法の掛かった馬車でなければ通行は危険だ。

 魔物が出ない道を行けるのであれば大賛成だが、それは同時に彼らを一緒に連れていくことになる。マリーを誘拐するようなマフィアを連れていくなど、本末転倒だ。

 厄介な二択を迫られたこの状況にため息が出る。


「なあ、いいだろ?」


 親分は嫌らしく笑って見せた。答えを見透かすような嫌らしい笑顔だが、その通りだった。どのみち答えは決まっていたのだ。


「わかった」


 うれしいねぇと口にした親分をきつく睨む。


「“我が魔力、其は罪人を捕らえる鎖となる”」

懺悔連鎖(ディバイン・チェーン)


 完全詠唱で作り出したのは光属性の鎖だ。アルの髪の毛と同じ純白の鎖を男達全員に巻きつける。手足どころか、首から爪先までをしっかりと縛り付け、三人の身動きを完全に封じる。

 単純な等級は中だが、アルが完全詠唱で放てばそれ以上の実力を発揮する。たとえ魔法を裏でも生業にする彼らであったとしても、そう簡単に破壊できるものではなかった。


「切れねぇ」

「すげぇ、こんな魔法があんのかぁ」

「ばっきゃろ、なに関心してんだ」

「よし」


 自身の手から伸びる鎖を引き、それに繋がる男達をこの部屋から出そうとするアル。男達はそれぞれにアルに感心していた。


「待てよ白髪坊主!」

「ばっきゃろ、こんなんじゃ歩けねーよ!」

「ほんとっす! 脚が回らな、うわぁぁぁ!」


 重たいが引きずっていくことにしたアル。小さな体に大の男三人は辛かった。


「もう、どこ行ってたの!?」

「わりぃわりぃ。ちょっと学園に用事思い出してよ」


 アルが足の鎖だけを解き、男達を無理やり歩かせることを思い付くまで十分。気がつけばその間にリュウは居なくなっていた。ようやく全員が揃った頃には、当然馬車は発車した後だった。


「アルはこいつら連れてきちゃうし、馬車は間に合わないし。どうすんの」

「いや、だから俺たちゃあ近道をだな……」

「あんたらもうるっさいのよ!」

「へい!」


 まずは八つ当たり。ティナの十八番(おはこ)だ。


「リュウもどうせ、宿題出してないの先生に見つかって怒られてたんでしょ」

「違ェよ! 宿題くらいちゃんとやってるよ」

「毎回私のを写して、何がちゃんとよ! もう少しマシな嘘をつきなさいよ」

「とにかく、これは秘密だ」

「はあ? なんで言えないの。宿題の一つも出来ない上に、感謝するどころか秘密事まで作るんだ」

「それについては、悪いと思ってるよ……。ちょっと頼みごとをしてただけなんだ。きっとマリーの助けになると思って」


 イクトが頭を抱えて呆れる。その中で男達三人の言い分を通さなければならないアルの心持ちは、鉛の鎧よりも重かった。どうせ不機嫌なティナに吠えられるのだから。


「……あ、あの」

「何よアル! ていうかあんたは何でそいつら連れてきてんのよ!」

「いやそれは……」


 取りつく島もない。ティナの機嫌は軽く大噴火していた。


「とりあえず、何とかなるんだろ。アルが考えなしに動く奴じゃないことはわかってる」


 救いの手を差しのべたのは意外にもリュウだった。

 いつもは寝ぼけ眼をこするだけの顔も、この時だけは締まっていた。ここぞというときに限って頼りになるのはティナよりもリュウだ。どんな逆境でもリュウがいるだけで安心感が得られてしまう。その不思議な力に、アル達は何度も助けられてきた。


「こ、こいつらが、近道を」

「そういうこったよ、赤髪」

「魔物の危険性も無く、さらに最短でなければなりません」

「黒髪の条件は満たしてるぜ。何てったって俺達も“依頼主”にあわなきゃならねえしな」


 それだけで最低限の信用は取れた。

 わずかばかりの協力関係はこうして築かれる。アルは鎖を持つ手に力を込めて歩き出す。リュウ達はそれに着いていった。向かう先はレイジー家。大事な友達を誘拐した黒幕に、一言文句をつけてやるために。


 * * *


「違う。私の想像と違う」


 数時間の後に印象的だったのは、全身から汗が止まらないティナ。


「早く行けって」


 不機嫌そうに言うリュウ。


「ここに来て既に二十分経ってますよ。急いでください」


 冷静に切り捨てるイクト。


「…………」


 黙って行く末を見守るアル。プラスしてマフィアの男達がその後ろについている。

 今、ティナを先頭に一列に並んでいる御一行。目前に現れた“ソレ”がティナを止めてしまったために、どうすることもできない状況だ。


「こんな高いの無理に決まってるじゃない!」


 谷に掛かった長い吊り橋。ティナはあと一歩が踏み出せないでいた。


「そもそもなんでこんな道通らなきゃならないのよ! 学校休んでまで来るとこじゃないわ!」

「嬢ちゃんよぉ、近道教えてくれって言うから教えたのによぉ、そりゃねえぜ。こんなとこで止まっちまったら近道の意味がねぇ」

「だいたいあんた達もあんた達よ! 何素直に近道教えてんのよ。マフィアならマフィアらしく騙すとか考えなさいよ!」

「え、えぇ~」


 ふざけた理由から叱られたマフィア達。親分の困惑顔に下っ端達が笑った。


「しょうがねーな」


 しびれを切らしリュウが動いた。


「ほら、手」


 先頭のティナをするりと追い越し一番前へ立つ。そしてリュウは右手を、震えながら手すり代わりの紐を掴むティナの手の上に置いた。


「早くしねーと。これなら平気だろ?」


 少し強引にその手を剥がし、代わりに自分の両手の中へと収めた。遅れて暖かい手の温度が伝わってきた。


「なっ、えええ、ちょっ!」

(なんで手なんて繋いでるの!)


 キョトンとしているリュウ。爆発寸前のティナ。笑いをこらえるその他ギャラリー。ふとしたところで行動を起こしてしまうのがリュウの性質であり、それは時に計算をも超える。


「大丈夫か、顔真っ赤だぞ。体調悪いなら無理すんなよ」


 ぐいっと顔を近め覗き込むように。まともに目を合わせることは最早できなかった。散々一緒に過ごしてきて飽きてしまったその顔も、吊り橋の上では何故か違って見える。

 これがつまり、恋なのか。


「だ、大丈夫。行くでござる」

「なら良かった。……ござる?」


 空回りに空回りを足しながら、治まった足と手の震え。不思議と、冷や汗に不快感を覚えていたことも忘れてしまった。いつもならばズカズカと、自分の歩幅など全く考えてくれないのに。今はとても歩きやすい。

 吊り橋に当たる靴のリズムも、もしかしたら呼吸でさえも、一緒なのではないだろうか。この一瞬の時間は、神様が仕組んだ二人だけのものではないだろうか。

 恥ずかしさから下を向いてしまう。恐怖から前を向き直す。次第にティナは、燃えるようなリュウの髪の毛にも似るほどに顔を紅潮させていた。

 ふわふわとした空気は、二人を包み込むように生み出されていた。


(もう少しだけ、続きますように……)


「なんか言ったか?」


 たくましい背中に引かれながら、首を横に振った直後にティナは吊り橋を渡りきった。胸の内の願いは届かなかったのだろうか。


「なんだ、案外楽勝じゃん」

「ま、まあね」


 リュウが手を繋いでくれたおかげだ、とまでは言えなかった。その前に胸が苦しくなったから。


「さ、走るぞ!」


 男らしく角ばった手が離れてしまった。走り去るリュウの背中を、見つめるティナの手はまだ温かい。出会ってからの数年間。思えばいつからだったのだろうか。幼馴染みという言葉に、救われ始めたのは。


「待ってて、マリー」


 力強く手を握り、温もりを閉じ込める。強化魔法ですぐに追い付く。


「……なあなあ」


 同じく渡りきった親分は、いまだ引っ張っているアルに声を掛ける。返事こそしないものの、聞いているということはもうわかっているので、親分は続ける。


「あの二人って……」

「リュウが鈍感なだけだ」


 アルは小声で返した。

 

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