第一話 地下での遭遇
ダイダラボッチ……それは日本各地で伝承される巨人、山や湖沼を作ったとされ、国作りの神の一人とも呼ばれている。
2013年7月X日 K県K市K町
燦々と降り注ぐ真夏の日差しに辟易しつつ、延々と続く階段を1人の少年が上っている。
「はぁ、はぁ。 この階段、何段、あるんだよ? 穴場だからって、こんな山奥の、神社まで、来るんじゃなかった」
少年、水島一樹は半袖のYシャツと黒いスラックス、学生カバンと言う学校の夏服姿で、延々と続く階段を上りながら愚痴を漏らす。
一樹は今年、高校受験を控えており、学校帰りに願掛けを兼ねて噂で聞いた穴場のパワースポットと呼ばれている神社にお願掛けに来ていた。
「パワースポットって聞いたから来て見たけど、誰とも擦れ違わないじゃないか。 本当にココ、ご利益あるのか?」
一樹は少し幅の広い階段で立ち止まり、眼下に広がる鬱葱とした草木が生い茂る風景を眺めながら不安を抱く。
内心不安を抱きつつも階段を上り続けていると、山の中腹辺りまできて漸く目的地の神社の入り口らしき小さ目の鳥居が見えた。
「……有った。 ってか、ボロクね?」
一樹は神社を一目見て、思わず漏らす。
目的地の神社は手入れが余り行き届いておらず、下草は伸び放題で境内の石畳は所々破損していた。
尤も、御社は辛うじてだが一応の補修は施されている。
「完全に破棄されているって言う訳でも無さそうだけど……何だかなぁ。 まぁ、折角ココまで来たんだから、一応お参りだけはしとくか」
一樹は参道を歩いて御社の前まで進む。
一応手洗い場にも寄ってみたが、当然ながら水は出なかった。
「賽銭箱は……無いな。 お賽銭は、お社の中に入れれば大丈夫かな?」
賽銭箱は見当たらず、一樹はお社の中にお賽銭を入れようと財布を取り出した。
「えっと、小銭は……って、あ! ちょ!」
一樹はお賽銭を取り出そうとして、中途半端に口が開いていた財布から500円玉を落としてしまった。
しかも落ちた500円玉は転がり、運悪くお社の中へと入って行く。
それを見送った一樹は暫く悩んだ後、一つの行動に出た。
「お、お邪魔します……」
断りを入れて、御社の中に入って500円玉を取りにいく。
だが、御社の中の床板はカナリ痛みが進んでおり、一歩歩く度に嫌な音が鳴る。
一樹はスマートフォンのライト機能を使って床を照らし、500円玉を探す。
「ホコリ塗れだな……嫌、動物の死骸とかが無いだけマシか? っと、コレは御神体か?」
御社のほぼ中央部に小さな神棚があり、その中にカード程の大きさの表面が赤く揺らめきながら輝く薄汚れた金属片が安置されていた。
そして、その金属片には掠れ掠れな字が書かれている。
「……大、太郎?……法、師。 ああ、大太郎法師か。 ……誰?」
金属片から何とか読み取った名前に心当たりが無い一樹は、昔何か功績を立てた人の事かと解釈し、御神体に一礼した後、探し物を再開した。
そして、神棚の裏を見た所で一樹は500円玉を見つける。
「有った有った。 流石に500円はチョット懐が痛いんで、すみませんが50円で勘弁して下さい」
500円玉を見つけた後、一樹はスマフォをバックに仕舞い、御神体の正面に回り50円玉を御添えして手短に二礼二拍一礼を行った。
しかしその時だ、一樹の足元から亀裂音が響いたのは。
「(受験上手く行きます様に、お願いします)ビキビキ……バキッ! ……バキッ? って、ちょ!?」
一樹が礼と共にお願いをした時だ、足元の床板が破裂音と共に崩壊した。
突然の事で一樹は反応しきれず、一瞬の浮遊感を感じた後、礼を取ったままの姿勢で御神体と共に床下へと落下。
「痛たた、一体なんだ、よ!? って、またか!?」
一樹は御社の床下に転落した後、上体を起こした所で再び感じる浮遊感と共に奈落へと落下した。
「痛たた。 ペッペッ、勘弁してよ。 何処まで落ちたんだ?」
一樹は口に入った砂を掃きつつ、打ち身になった部分を擦りながら服に付いた埃を払う。
そして手探りで近くに落ちていたバックを見つけ、その中からスマフォを取り出しライトを点灯した。
「……ライトの光が届かないって、どれだけ広い空間だよ?」
一樹はスマフォを左右に振り辺りを照らすが、自分が滑り落ちてきた背後の壁と穴以外何も見えない。
照らし出される近くには、一緒に落下してきた壊れた神棚位しかなかった。
「……取り合えず壁伝いに歩いてみるか」
一樹は溜息を吐きつつ、左手を壁に沿わせて歩き出す。
その時、一樹は何故だか分からないが、壊れた神棚から御神体の金属片を取り出し胸ポケットへと収納した。
妙に凹凸の少ない綺麗な壁と床を不思議に思いつつ、暫く壁伝いに歩いていくと一樹はあるものを発見する。
「……ドア?」
一樹は軽く目を見開く。
それは見事なまでに、鈍い光沢を放つ重厚な金属製のドアだった。
しかしそれは、場違い……とも言い切れない。
「この壁床と良い、このドアと良い……誰かが人工的に作った空間か?」
妙に均一化された床に壁、何か重要な物を隔離していそうな重厚な扉。
これらの状況証拠から、ココが自然に出来上がったとは一樹にはどうしても思えなかった。
そして一樹は扉の周りを軽く叩きながら、調べて回る。
すると、扉の横の壁の一部が、一段階沈み込んだ。
「……ヤッパリ。 と言うよりコレ、個人認証機か?」
一樹の顔から表情が消える。
沈み込んだ壁を左にスライドさせると其処には、カードリーダーらしきスリットがある箱と、光沢を放つ手形が付いたプレートが設置されていた。
「……」
一樹は少し悩んだ後、無言で胸ポケットから御神体の金属片を取り出しスリットに通した。
すると、手形の付いたプレートが淡く光る。
「……」
一樹は躊躇しつつ、右手をプレートの手形に合わせる様に置く。
するとプレートの光が変り、緑の細い光が掌を探る様に上下へと何度か移動する。
「……コレ、絶対最近設置された物だろ? 電源生きてるし、この装置だってどんなに多く見積もっても30年以上は経っていないだろうし……」
一樹は個人認証機ぽい何かを見ながら、そう結論付けた。
「よく旧軍が山中に秘密施設を作っていたって言うけど、ココは違うよな」
落ち着いて考えると、一樹は不審な点が次々と浮かび上がってきた。
未だに生きている電源に、高度な個人認証装置、高度な建築技術で作られた山中の広大な空間、
判明している限りの範疇の判断材料だけでも色々な推察が成立する。
「ヤッベー、国……最低でも国内上位の大企業が関ってるだろ、コレ」
思い至った一樹は焦る。
工事の規模や使われただろう費用、地元に噂さえ流れていない情報の秘匿性。
それだけで、ココが如何にヤバイ空間かは一目瞭然だ。
しかし、そう考えると引っかかる部分も出てくる。
「……罠か?」
存在さえ秘匿されている施設のカードキーが、何故朽ち果てた神社の御神体として安置されていたのかと言う事だ。
普通に考えれば十中八九、罠である。
一樹が難しい顔で色々な状況を類推していると、プレートが青く光り扉が重々しい音を立てながら左右に開いていく。
「……この金属片って、マスターキーか何か?」
一樹は手に持っている金属片をマジマジと見ながら、信じられないと言う顔をする。
物は試しにとプレートに手を置いてみたが、一樹は扉が開くとは思って居なかったのだ。
大体、認証とは元と成るデータが無ければ使えない代物なのだ、一樹のデータが登録されていない以上認証は行えない。
それらの個人認証を全て無視して扉が開くと言う事は、御神体の金属片がこの施設のマスターキーに類する品としか考えられないのだ。
「……話が通じる相手なら良いんだけどな。 悪けりゃ、問答無用で拘束とかされるかも。 最悪は、行方不明か滑落事故だな。 ……はぁ」
一樹はこれからの事を考え、気が重くなった。
ここの設備を鑑みると、カメラの類は初見では見付らなかったが、ほぼ確実に仕掛けられているであろう。
そうなると、この場から無事に逃げたとしても何れは追っ手の手が回る。
更に一樹は間が悪い事に、学校の校章付きのYシャツを着ていた。
一樹の所属する中学校の全校児童は1000人には届かない。
顔写真に先ほどの認証で採取されたであろう指紋等のデータ、個人の絞込みはまず間違いなく可能だろう。
「これ以上は考えても仕方ないな、先に進むか」
一樹は軽い絶望感を感じつつ、開いた扉の奥へと足を進める。
暫く自発光塗料が塗布された薄暗い通路らしき所を進むと、学校の教室ほどの大きさの半球形の部屋に行き着いた。
一樹が中を慎重に覗き込むと、その部屋の中央に椅子が一脚だけ設置されている。
「……」
一樹は足元に注意を払いつつ椅子へ近づき、ライトを照らし椅子を軽く調べる。
その結果、椅子の肘掛にカードスロットらしき隙間が見付った。
一樹は一瞬躊躇した後、意を決し椅子に座る。
そして胸ポケットから御神体の金属片を取り出し、慎重に肘掛のスロットに差し込んだ。
すると……。
「……これは」
一樹は絶句する。
金属片をスロットに差し込むと同時に半球形状の壁が一斉に淡く発光し、半透明のホログラムスクリーンらしき物が部屋一杯の空間に表示され、椅子から先ほどの認証機と同じ緑色の光が発せられ一樹は光に包まれたからだ。
そして数秒の間、一樹は光に包まれ、スクリーンには見た事も無い文字らしき物が高速で流れていた。
「……?」
部屋を埋め尽くしていたスクリーンが一斉に消えると同時に、一樹を包んでいた光も消え、部屋は再び薄暗い状態になる。
数秒その状態が続いた後、椅子の正面に当る壁が淡く光り、1枚の大きなホロスクリーンが表示された。
《3・2・1・0 チュートリアル基礎編始まるよ!》
「……は?」
表示されたスクリーンには、カウントダウンと共にデフォルメされた安全ヘルメットを被った二足歩行の白兎が、題名らしき物が書かれた手持ち看板を持って現れた。
真剣な眼差しでスクリーンを凝視していた一樹は、呆気に取られ間抜けな声を出してしまう。
スクリーンの中の白兎は看板を投げ捨て、一樹に向けて胸を張り高らかな様子で宣言した。
《このチュートリアルを見ていると言う事は、君が新しいご主人様だね。 今後とも末永く宜しく頼むよ》
「……え、は?」
一樹は突然の自体に混乱し、意味の無い言葉から口が漏れる。
白兎はそんな一樹の様子を見て、優しげな様子で語りかけた。
《うん。 見事に混乱しているみたいだね。 まぁ何だ、まずは自己紹介と行こう。 私はイナバ、ココの管理人を兼任している》
「えっと……水島一樹です」
《一樹、良い名だ。 では一樹、早速チュートリアルを始めよう。 質問はチュ-トリアルが一通り終わった後にしてくれ。 最低限の知識はちゃんと教えるので安心してくれ》
未だ混乱している一樹を他所に、イナバは問答無用でチュートリアルをスタートした。
《まずは大前提として一つ、私はこの星で生み出された存在では無い》
「……は?」
《簡単に言えば地球外生命体、宇宙人と言った所だ》
「……え?」
《尤も、私は分類で言えば情報生命体と言った所が正確だろうがね》
「……」
チュートリアルのの冒頭から飛ばして来るイナバの説明に、一樹は混乱の極みに達したのか酷く落ち着いた様にイナバの説明に耳を傾け始めた。
《この星に来たのは、今から……ざっと4万年前位かな? 当初は未開拓宙域での各種調査と言う名目で来ていたんだ。 その過程で発見したこの星を軽く調査すると、文明を形成する知的生命体が確認された事で、文明に干渉する様な直接的な調査行動は中止。 長期的な秘匿観察調査に切り替えたんだ。 以降、調査を継続していたんだが、1千年ほど調査を継続してもまぁ……何だ。 大幅な変化が無かったので、調査を打ち切り母星に引き上げる事になった》
イナバは新たに開いたスクリーンに、当時調査していた記録映像を表示しながら一樹に説明をした。
《そして、この引き上げ時に一部の機材や施設がこの星に残された。 そして、その残された一部に私とコノ施設も含まれている。 以上でチュートリアル基礎編は終了だ。 コレより詳しい説明は、初級・中級・上級編と進んで説明して行く。 ココまでで、何か質問は?》
イナバは何時の間にか持っていた指棒を掌に打ち付けて、チュートリアルを打ち切った。
終了の合図と共に暫く俯き沈黙していた一樹は、ユックリと顔を上げイナバと視線を絡めた後一つの質問をする。
「……マジで?」
《残念ながらマジだ。 全て否定しようが無い現実だよ、一樹》
イナバが疑念を挟む余地が無いと断言すると、一樹は頭を抱えながら椅子の上で崩れ落ちた。