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作者: 石田多紀

 あんた未だに環境問題だの平和を守るだのいってるんだってな。ご苦労さん。だが、その戦法は負けるぜ。なぜなら、俺はそんな理由であれをしたわけじゃないからな。本当はあんただってわかってるんだろ。いいや、世間の連中だってわかってるんだよな、本当は。だって、世界にゃ俺じゃなくても環境問題に取り組んでるやつも世界平和を考えてるやつも、過激なやつもいる。だけど、その全員がこんな事するわけじゃないもんな。まあ、確かに俺はかわいそうだなと、自分でも思うよ。ずっと優等生できて、友達もろくに作れずにさ、国だか共同体だか、そのために尽くしてきたんだ。それなのにどうだい、時代が変わった、その一言で、ポイだぜ。結局は、自然の中で、友達と遊んで、笑って暮らしてきたやつの方がいいんだとよ、俺が不必要だといわれてきたものの方がよ。だけどまあ、世の中なんてそんなもんさ。俺は運がなかった。それだけ。

 俺が放火した理由は、だからそんな事じゃないっていってるだろ。あんたもわかんない人だねえ。世間一般に対する怒り? 改善のない世界への義憤? 何だよ、そりゃ。

 あんた、ずっといい子だったんだろう。そうだよな、こんなところまでくる弁護士さんだもんな。ずっと純粋培養のいい子ちゃんで、いわれることに対して疑問も持たないし、疑問を持つようなこともなかったんだろう。いいや、そうに決まってるさ。

 だからさ、わかんないだろう。人間ってのは、いくら大きな挫折をしたって、それだけじゃ犯罪になんか走らねえよ。それはそれ、これはこれだ。世間の連中は、それがわかってねんだよな。いや、わからねえふりしているだけかもな。自分だって、いつでも犯罪できるって事を、知りたくないから。

 そうだな、じゃあ教えてやるよ。どうして俺が放火したかを。

 それはな、綺麗だからだよ。

 何がって、火に決まっているだろう、他に何があるんだよ。

 だから、別に世間に恨みとか、そんなんじゃないんだって、いっただろうが。どうして他のことを考えようとしないんだよ。

 あんた、煙草は吸うかい?

 差し入れて欲しいんじゃない。

 煙草のみがさ、やめたいやめたいといいながらどうして煙草をやめられないか、あんたわかる?

 あれは、煙草が吸いたいんじゃなくてさ、煙草に火をつけることをやめられないんだな。 試しに誰か、火をつけなくてもいい煙草、発明してみろよ。絶対に、喫煙人口は減るぜ。だって、煙草は習慣性がない、おしゃぶりのような物だって、いってるじゃないか。だったら、何でダイガイ品、ええと、飴をなめるとか、禁煙パイプとか、そういうのに移っていかないんだ? 代償行為に意味があるンなら、もっと広がってるだろ、体に悪いことははっきりしてんだし。だからさ、そういう事じゃないんだよ。煙草を吸うことに意味があるんじゃない。そこに火をつけることに、意味があるんだ。

 あんたさあ、何で人間は火を使い始めたんだと思う?

 これ、人類学の謎なんだよね。

 なぜ人間という獣だけが、火をおそれなかったか。

 火の利便性が恐怖にうち勝ったっていうのが、大勢でさ、つまり人間は、恐怖にうち勝つ知恵を持ったって。苦しいこじつけだよ、そんなの。

 人間は、恐怖になんかうち勝っちゃいないね。自殺なんて、なかなかできないよ。

 そんなことないっていうの? ほう、おもしろいね。 人間は恐怖にうち勝ってきたと。だけどさ、恐怖にうち勝ってきたのは、人間だけじゃないと思うぜ。最初に陸に上がったやつに、恐怖はなかったと思うかい? 今までと全然違う環境に踏み出すんだぜ。

 鳥だって、他の動物だって、子供のために天敵の前に親は身をさらすじゃないか。それに恐怖はないと思うわけ?

 だめだめ、説得力がないよ。

 だからさ、こう考えてみなよ。人間が火を恐れなかったのは、その美しさが、恐怖心にうち勝ったからだって。その方が、ずっとずっとすっきりするよ。芸術ってもんを生み出してんのは、いまんとこ人間だけだからな。火が美しいって事を、人間はわかったんだよ。

 美しい物は征服したいだろ?

 最初はきっと見つめているだけであった火を、生活に使いだしたのは、それが理由だよ。美しいが最初。便利さは二の次さ。

 わからないって顔してるね。

 火の美しさがわからない人に、これはわからないさ。

 あんた、火を、じっくり見たことはあるか?

 橙色の、小さな命がさ、ちらちらと震えているんだ。

 四方八方に光を放って、だけど見ている側に、明らかに法則を感じさせる。だがあいつらは、決してその秘密を教えてはくれない。あいつらを手なづけ、こっちの思う通りに操るためには、まずあいつらを好きに踊らせてやらなきゃならない。

 小さな小さな焔でも、周りにある物を何一つ隠し立てさせずにあらわにして、その隠された陰影を見せつける。二度と同じ振りのできないその舞いは、たった一人の観客の前でも、決して手を抜くような物じゃない。

 じっと見つめていると、そのうち俺は、うっとりとしてくる。

 見つめているはずの炎は、だけど俺の中にそう簡単には正体をあたわしてはくれなくて、そのうちに俺は、見つめているのが炎なのか俺なのか、分からなくなってくる。

 炎の向こうに、確実に俺自身が居るんだよ。

 ああ、なんて綺麗なんだ、なんて美しいんだ。それ以上の美を、俺は見たことがない。そうやって賛美し続けて、だけどその向かう先にある焔は、すでに俺が誉め称えた姿ではなく、一刻一刻、ぬめぬめとうごめきながら一枚一枚秘密のベールを脱ぐように、あるいはまとうかのように、永遠に終わらない至高の美舞を披露し続けてくれる……。

 いや、悪かった。俺にしか開けられない奥の扉だったな、これは。

 だからさ、要するに俺が放火したのは、火を見ることが目的だったんだよ。

 だから、すべてを灰燼に帰す意志だの身を張った平和主義だの、そんなことはないんだよ。

 確かに、大それた事かもしれない。

 だけどな、考えてもみろよ。

 夜の面の地球に、大きな大きな、コロナと見間違えるほどの炎があがる。

 真っ暗なベールにうっとりと美しい炎があがり、ちろちろと青い光が見える。

 それが大洋の軍需施設だったのは偶然だが、海じゃなきゃ夜でも暗くはないじゃないか。それに、あれくらいの捧げ物じゃないと、炎は踊っちゃくれないさ。


 どうしたい、帰るのかい。

 まあ、せいぜいがんばろうぜ。

 そうだな、やけくそでも義憤でも、何でもいいか、ここから出られるんなら。

 だってここじゃあ、炎を見つめることはできないものな。

 俺は美の伝道者なんだぜ。もっとたくさんの奴らにも、炎の美しさをわからせてやらないとさ。

 頼むぜ、有能な弁護士さんよ。

 あんただって炎を見つめりゃあ、俺のいってることはわかると思うぜ。

 それでさ、みたいとは思わないか?

 いくつもの火球が、青い青い地球に向かって降りていくのを。

 光臨、だぜ。まさに。

 捧げ物はたくさんある。

 あれすべてに舞いを舞わせられるのは、俺しかいないぜ。

 俺とあんたと、一緒に見ようじゃないか、究極の舞いを。

 なあ、聞いてるかい?

 なあ……。 

 


……小説ではないかも。勝手な演説に近いですね。

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