34(3)
そう言うと、ボレは肩越しに、ニヤリと目を細めた。
方々から突き出した、トンネル状の「樹上の道」が、緑の卵に得体の知れない、化け物じみた印象を与えた。
辿り着くまで、見た目よりはるかに距離があった。それだけ巨大なのだ。絡みあう蔦を、吊り橋のようにわたる頃には、目の前は緑の壁で覆い尽くされた。
「ふつう、外からこの壁を破るのは、不可能なんですがね。世の中どこでも、抜け道のないところは、ありませんのです」
おそらくモグラ殿は、そのての抜け道を探し出す、専門家と言えるだろう。ぼくと伯爵は、さすがに息が上がっており、口を挟む気にもなれぬまま、ボレのやることを見守っていた。
鼻を蠢かせつつ、幅広い掌で「壁」を探りながら、ボレは少しずつ横へ移動してゆく。
なるほど、生きた枝がびっしりと絡み合い、リスでさえ潜り込めるかどうか疑わしい。けれど、自然に形成されたものでないことは明らかで、いわばこれは、とてつもなく大きな「巣」なのである。こころみに、伯爵が得意の蹴りを入れてみたが、
「痛えええええっ!」
まるで重騎兵の盾を蹴りつけたときみたいに、のたうちまわらねばならなかった。ボレが含み笑いを洩らした。
「言わんこっちゃない」
「いったい、だれがどうやって、こんなばかでかい巣を作りやがったんだ。途方もない古代神殿にしたところで、一度組んでしまえば、千年はもつだろう。ところがこいつは、生きた枝で編まれている。しかもバルガ山の石みたいに、がちがちに、だ。いろいろとあり得ねえ話だぞ、なあ、魔法使い殿」
「そうですね。これをすべてメンテナンスするとなると、いくら働き者の蟻人たちとはいえ、手に負えますまい。この国の女王は、未知の魔法に通じているのかもしれません」
鉱物人間や改造精霊と同じように。とまでは言わなかったが、伯爵は眉間に皺を寄せたまま、黙りこんでしまう。おお、ここだここだと、ボレが声を上げたのは、そのとき。
「やっと見つけましたわい。ここばかりは、周りとはちょいとばかり、様子が違っておりまして」
押すと、かれの大きな手が、ずぶずぶと沈むのだ。見かけは周囲とまったく変わらないし、一マリートにも満たない、ほんのちょっとの幅なのだが、そこだけみょうに柔らかい。ル・アモンが、呆れと感心の入り混じった溜め息をついた。
「よくわかったもんだな」
「なに、種明かしをいたしますと、あらかじめ、ビランダケを植えつけておいたのですわい。へたに目印をつけると、外回りの蟻さんに見つからないとも限りませんからな。ただ蟻さんと違って、わたくしめはニオイに敏感でして。その必要もないのですな」
ビランダケは変わったキノコで、煮すぎたシチューのような、どろどろした不定形。しかも普通のキノコみたいに、腐った葉などを食うのではなく、どろどろと草木に這い上がり、葉を腐らせてから食っているらしいのだ。
こんなものが大発生したら、大変なことになるけれど、よほど幸運に恵まれない限り、見つけるのが困難な、ごく珍しいものであり、ある程度の大きさまで育つと、固形化し、普通のキノコ同様に胞子を飛ばして、枯れてしまう。魔薬の材料としても素晴らしいものなので、職業柄、ぼくの胸は踊った。
けれど、ボレが掻き分けた壁の中は、ぽっかりと空洞になっており、ビランダケはすでに枯れた後らしい。
モグラ殿を先頭に、緑の壁の中に分け入った。シンガリの伯爵は、中から元どおり、穴を塞ぐことを忘れなかった。空洞は小部屋ほどの大きさがあり、前方の壁から、光が透けていた。
この先に、例の女王が統治する王国がある。
そう考えると、百戦錬磨のぼくだけれど、全身に緊張がみなぎるのが、わかった。
「このまま、ひょいと向こう側に顔を出しても、だいじょうぶなのか?」
伯爵の言うとおり、向こう側は「女人国」である。衆人環視の中、大の男が三人も、のっそりと顔を出したら、大騒ぎになること請け合いだ。