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34(2)

 まったく、何も好きこのんで、こんな所まで来たのではないのだ。

 ミュルミドン蟻人による束縛から逃れた以上、妖魔の森に留まるメリットなんかない。マイルストーンもフクロウ党も、どうだっていい。タジール公の若僧が何を考えていようと、知ったことではない。ぼくには、解決しなければならない、ぼく自身の問題がある。

 あるのだが……右手の指輪を眺めて、眉をひそめた。

 まるで中に何も存在しないかのように、石はあくまで、透きとおった沈黙を保っている。にもかかわらず、まるで善鬼、レムエルにこう問われたような気がした。

(マイルストーンのこと、気にならないというのは、嘘でしょう?)

 改造精霊や鉱物人間を見てしまった以上、そのとおりなのである。ぼくは魔法使いとして、憤りに似たものを感じている。悪党の一人として、と言い換えてもいい。悪党には悪党のルールがあり、モラルがあるというものだ。何よりもまず、悪の美学が存在しない。美学のない悪が、ぼくは我慢ならない。

「さよう、わたくしめは、あの国では自由に動き回れませぬ。が、王国に関する情報なら、たっぷり握っております。そこで提案いたすわけですが、わたくしめがナビゲーターとなって、あなたがたをバックアップいたします。お二人は女人の姿となり、時にはコミュニケーションをとりながら、女王に接近していただくのです。如何でしょう?」

 ボレは得意げに耳を動かし、ル・アモンは唸った。

「うーん」

「ご損のない取り引きと存じますがね」

 再び伯爵の視線が向けられたとき、ぼくはうなずいてみせた。おそらく少し頬を染めて。かれの目には、健気に恥らう少年の姿が映ったろう。

「乗った。女の服を着せられるのは、うんざりだが、ぐずぐずと手段を選んでいても、仕方あるめえ。決しておまえさんを、全面的に信用したわけじゃねえけどな」

「きみには、王国の下調べが、できているというの?」

 ぼくが尋ねると、ボレは耳を前後に揺すった。うなずいているのと、同様なリアクションだろう。

「おおまかな絵地図は、頭の中に叩き込んでありますわい。あなたがたに必要なものも、間もなくご用意できるでしょう。さっそくご案内いたしますよ」

 長い鼻から、また含み笑いが洩れた。

 廃道を、来た方へと、ボレは引き返してゆく。ぼくと伯爵は、瞬時、顔を見合わせ、それからずんぐりした、かれの背中に従った。ミュルミドン蟻人と鉱物人間と、ぼくたちには二重の追っ手がかかっていることになる。再びどちらに出くわしても、面倒なこと、この上ない。

「そのへんは、抜かりありませんや。ゼモ族は昔から、蟻さんの裏をかくのはお手のもの。鉢合わせになるようなヘマは、金輪際いたしませんぜ」

 ぼくたちの不安を読みとったかのように、いつになくイナセな口調で、言ってのけたものだった。かれの口ぶりだと、ずいぶん蟻人たちは、モグラ人間の一族に悩まされてきたようだ。これまでに、盗まれた財宝は数知れまい。

「ここからは、ちょいと猿の真似事をやってもらいます。なに、お二かたとも、ボレの百倍は身軽そうですから、ご心配なさらずに」

 破れた「壁」の隙間から、廃道の外に出た。周囲はほぼ、緑一色と言ってよい。

 鬱蒼と生い茂った梢が、頭上にのしかかってくるようだ。危なっかしい足もとを、ダイバカゲロウが、ゆらゆらと飛んで過ぎた。下方は、蔓草や潅木に覆われて見えないが、とんでもなく高い所にいるのは、感覚でわかる。

「では参りますよ」

 そう声をかけた瞬間、ボレは幅の広い手足を広げて、宙に踊った。夜に見た赤マントの妖魔を、思い起こさずにはいられなかった。太い幹に、網状に絡みついた蔓草の上で、ボレはもう手を振っていた。また顔を見合わせたぼくたちの表情は、ともに呆れ果てていた。

「とんでもねえ。蟻のお姉さんと鉢合わせになったほうが、マシだったかもしれねえ……」

 幹から幹へと、伯爵は長い手足を、ぼくはマントを広げて、飛び移ることを繰り返した。優雅ですらある、モグラ殿の飛翔に比べて、続く二人の恰好は、ぶざまそのもの。伯爵は何度も幹に鼻をぶつけて、呻き声を上げ、ぼくはマントが枝に引っかからなければ、何度落下していたか知れない。

 やがて幹と幹の間に、再び緑の「壁」があらわれた。今度のやつは、樹上の道とは規模がまったく違う。どんなに大きな神殿や宮殿の屋根とも、比べ物にならない、とてつもなく巨大なドーム。

 緑色の、とてつもなく大きな卵を、平たく押しつぶしたような異形を目の当たりにして、さすがにぼくは戦慄をおぼえた。

「サフラ・ジート王国へようこそ」

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