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33(2)

 伯爵は強引にぼくの腕をつかみ、走り出した。鉱物人間、という言葉が、まだ頭の中で、不気味なこだまを返していた。

 鉱物人間の製法は、ぼくもいくつかの魔法書で読んではいた。それらは、所有していることが知れただけで、軍隊の発向を招くような、最も背徳的な書物の類いだった。ぼくの師であったダーゲルドが言うには、

「あんなものは、気の触れた夢だ。なるほど、気の遠くなるような、大昔にはあったかもしれぬ。けれど、廃墟となった古代神殿の地下に、眠っているべきものなのだ。それに、魔法書どおりの製法を試みたところで、万に一つも成功しないだろう。どの書も記述が不完全であり、そもそもマイルストーンを抜きにしては、けっして作れないのだから」

 自身の体を鉱物化させて、永遠の生命を得る。

 単純と言えば、あまりに単純な、これが鉱物人間のコンセプトだ。けれど、単純であるがゆえに、人間の根本的な欲望に基づくものといえる。そうして、根本的であればそれだけ、魔術としての難度は高くなる。たとえば、男を女に根本から変えようとしても、そう簡単にはゆかない。

 鉱物人間の製法は、魔術よりむしろ、錬金術の領域に踏み込んだものと言える。だから……

(マイルストーンが必要なのか)

 葉叢の中を闇雲に駆けながら、ぼくは戦慄とともにつぶやいた。錬金術師たちが、血眼になって探し求める、伝説の石。あの石を用いれば、炉の中で、卑金属を黄金に変えられるという。のみならず、所持する者は宇宙の真理を得、あらゆる奇跡が可能になるとも。

 けれどそれがどこにあるのか。いったいどんなものなのか、知る者はいない。いないとされてきた。あのダーゲルドでさえ、その石に関する情報は、ほとんどつかんでいなかった。けれど、ル・アモンの言葉を信じるならば、例え不完全な形であれ、何者かによって、それが発見されたということか。

「もの思いに耽っているな、美少年」

 いつのまにか、ぼくたちは足を止めていた。

 そこは「樹上の道」のひとつに違いなかったけれど、ずいぶん狭く、荒れているのだ。枝が到るところから突き出し、あるいは壁が破れて、ほの暗い梢が覗いていた。手入れがなされていないのは一目瞭然で、廃道に相当するようだ。

 辺りは静かで、微風にざわめく木の葉の音をぬって、鳥が鳴き交わしているばかり。何者かが追ってくる気配はなく、まして、ミュルミドン蟻人と鉱物人間の戦闘はの行方など、知るすべもない。

「あの鉱物人間とやらについて、少しは教えてほしいものですね。どうやら、お知り合いのようだと、お見受けしましたが」

「何者だと思う?」

「あなたを追ってきたこと。そして飛行服姿から考えても、砂漠の上空で襲ってきた、ボッカーに乗っていた者だと考えられます。フクロウ党員ですね。そいつが驚異的な体力で、人を食う砂地を這い出し、妖魔の森まで執拗に追ってきたのでしょう」

「ご明察。それ以上、何の説明が要るだろう」

「実際、わからないことだらけですよ。あなたがフクロウ党から抜け出してきたとしても、ここまで執拗に追われる理由は何か。そうして、なぜフクロウ党に、ベテラン魔術師のぼくでさえ製法を知らない、禁断の鉱物人間が存在するのか」

 ル・アモンは親指をベルトに引っかけ、破れたトンネルの「壁」から梢を見上げた。口もとはいつもどおり、皮肉らしく歪めて。

「答えはすでに出ているんじゃないか」

「そうかもしれません。おそらくあなたは、フクロウ党から抜け出すときに、何かを持ち出したか、あるいは要人を殺害したか。あなたの行動パターンからして、前者だと考えていますが。そうでなければ、鉱物人間を派遣してまで、追いすがってくる理由がない」

「おれはいったい、何を持ち出したのだろう?」

 かれを真似て口の端を歪めると、ポーチに手を伸ばした。瞬時、伯爵の顔に警戒の色が浮かんだが、ひと揃いの古びたカードを取り出してみせたとき、好奇の表情に変わっていた。

「そいつは?」

「副都の場末で、女たちを相手にカード占いをしておりました。町の親爺連中からは、インチキ占い師として、親しまれておりましたが。これがとてもよく当たることは、恋の悩みを抱えた女たちだけが知っていたようです」

「へえ。おれが盗んだものが何か、ズバリ当ててみせようと言うのかい」

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