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どうしてもロザリオの姿はミランダを髣髴させる。
とくに顔立ちがそっくりなわけではないが、総体がなんとなく似ているのだ。女にしては大柄で、豊満な乳房をもち、長い髪は燃えるように赤い。性格が正反対であることが、かえって肉体の類似を引き立てるようだ。
ぼくが日が暮れるまで起きてこないことくらい、彼女は知っているはずだ。それでも髪を振り乱して戸を叩くのだから、まず、面倒ごととみて間違いあるまい。ほかならぬロザリオでなければ、水をぶっかけて追い返すところだが。
「ごめんなさい、フォルスタッフさん」
戸を開けたとたん、彼女は力が抜けたように、その場にひざまずいた。本来なら蒼ざめているであろう頬は、走ってきたたせいで、薔薇色に燃えていた。汗にまみれ、いつもつつましやかな着こなしの服が、しどけなく乱れていた。
多少の面倒ごとなら、亭主のヒゲ達磨みずから撃退するだろう。また常連には腕の立つやつが少なくないので、お礼のタダ酒を目当てに、喜んで手を貸すはずだ。ぼくが知る限り、これまでぼく以上の「面倒ごと」が、青猫亭をおとずれたことはなかった。
「いいんだよ。どんなやつ?」
身をかがめ、ロザリオの肩に手をおくと、小鳥のように震えていた。とはいえ、ぼくよりひと回りほど、彼女のほうが大きいのだが。
「低地人です」
「このあたりの低地人といえば、ユゴラ族かな」
「ええ。五人も押しかけてきて……」
低地人は主に湿地帯に棲息する、半人半鬼のエルフ族だ。きっちり分類できない部分もあるが、おおむね半人半鬼は、明るいエルフと暗いエルフに分けられる。低地人はむろん暗いほうに属し、緑色の皮膚は両棲類のそれに似て、通常、頭に二、三本の角が生えている。
ユゴラ族は、半ば水没したまま放棄された街区に巣食っていた。性質は粗暴で気が荒く、一般都市民がうっかりかれらの居住区へ迷いこもうものなら、二度と日の目を見ないと言われていた。ただ、かれらはめったに縄張りの外には出ないので、これまで都市民との悶着は、さほど多くは起こらなかった。
だから、青猫亭にかれらが押しかけてくるなんて、極めて異常なできごとといえた。
(たしかに、面倒だな)
半分は魔物なのだから、当然かれらの身体能力は生身の人間の比ではない。尻に火をつけられた程度で、泡を食って逃げ出すとは思えない。やはり、使鬼を用いるしかないだろうか。そうして対エルフ戦にうってつけの使鬼といえば、ジェシカを置いてほかにない。
ジェシカはぼくの親指に嵌まっている、黄色い指輪に封印されていた。怪力の持ち主で、肉弾戦に威力を発揮する。ことにユゴラ族のような、ばか力だけが自慢の半鬼を相手にするには、うってつけだ。間違ってミランダなんか差し向けた日には、店ごと丸焼きにされるだろうから。
ただ……
ロザリオの手を引いて、曲がりくねった路地を急ぎながら、ぼくは眉をひそめた。
ヘレナほどではないにせよ、ジェシカもまあ、扱いやすいほうである。ざっくばらんでノーテンキ。まさに、神経質で苛酷なヴィオラを、逆さにしたような性格だが、常に冷静なヴィオラと違い、感情が爆発すると手がつけられなくなる。ユゴラ族の連中が彼女によって店の外に放り出されたら、お次はぼくが、川にぶち込まれる番だろう。
いや、ぶち込まれる程度では済むまい。現在のぼくのミワには、彼女の暴走を封じ込める余力などないのだから。
家一件ぶんの空き地の前を横切ろうとして、雑草の中に転がっているビア樽が目に止まった。そいつがビア樽の分際で鼾をかいていることに気づいて、思わず足を止めた。
日はすでに、とっぷりと暮れていた。それでもかすかに消え残った光の底で、そいつは気持ちよさそうに、ふくれた腹を上下させているのだ。
「ヘンリー王じゃないか」
まさか本名とは思えないが、この界隈の連中は、だれもがそう呼んでいた。ビア樽のような巨漢にして、大酔漢。むしろぼくの名前は、こんな男にこそ相応しいのかもしれない。ともあれ、こいつとこんな所で行き逢ったのも、何かの縁かもしれない。
不安げに目をしばたたかせるロザリオに、ぼくは微笑みかけた。
「叩き起こしても損はないと思うんだ」