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31(2)

 屋根の側がみょうに膨らんだ、いびつな家だ。板は隙間だらけで、あるいは苔むし、あるいは木の皮がついたまま、やはり方々から、ひこばえが生えていた。ずいぶん高い位置にある窓には、太い枝を組んだ格子がかかっており、ちょっとやそっとでは、破れそうにない。

 樹上の牢獄にほかならなかった。

 ミュルミドン蟻人に続いて、中に入った。薄暗く、ひたすらがらんとしており、湿った木のにおいが満ちていた。背後で、どさりと音が聞こえ、ル・アモンが荷物のように、投げ下ろされたところ。

「水と食物は、すぐに届けさせる」

 相変わらず抑揚のない声で、蟻人は言う。伯爵を担いできたもう一匹は、しっかり戸口を固めていた。

 蟻人たちには、ほとんど個性がなく、判で捺したように似かよっていた。一応は、この声をかけた蟻人が、隊長クラスなのだろうか。他の蟻人に比べて、どことなく貫禄があり、心なしか、唇が赤く、ふくよかに思えた。

「閉じ籠めておくのは、何かわけがあるのですか」

 少年らしさを装って、ぼくは尋ねた。蟻人の表情にまったく変化はなく、「眼」にはただ、無機質な光沢が貼りついていた。

「陛下のご命令だ。それ以上は答えられぬ」

「その陛下って、だれなの?」

「知る必要のないことだ。失礼する」

 くるりと向きを変えて、ミュルミドン蟻人はドアへ向かった。「隊長」が出て行くと、第二の蟻人がドアを閉めた。鍵のかかる音が聞こえ、それっきり彼女たちの気配が途切れた。

(まいったな……)

 ル・アモンは、床で伸びたまま。何の悩みもなさそうな顔を眺めるうちに、よからぬ考えが、むくむくと頭をもたげた。気づかれずに、かれのポケットを探るなら今だ。かれがフクロウ党から「盗んだ」何かが、そこに隠されているに違いない。

 空中戦を演じてまで、奪い合うものとは、いったい何なのか。

 ぼくは身を屈め、伯爵の頬に軽く触れた。呪文を唱え、微量のエレキを発生させたが、うんと呻いたばかりで、一向に目を覚まさない。今にもレムエルが、「なりません!」と叫びながら、飛び出してくるかと身構えたが、そんな気配もまったくない。

 次に、かれのポケットの上に手を添えたとき、戸口で金具の音が聞こえた。捕らえられた時もそうだが、ミュルミドン蟻人というやつは、なぜこうも足音を消して近づけるのか。ル・アモンのそばから飛び退くと同時に、扉が開いた。

 入ってきたのは、例の「隊長」だとすぐにわかった。「届けさせる」と言っていたわりに、けっきょくみずから運んできたとおぼしい。もっとも、彼女からすれば、他の蟻人と区別がつかないと踏んでいるのだろう。ぶっきらぼうに、彼女は蔓で編んだ籠を床に置いた。籠の中には、何種類かの木の実が入っていた。

 ありがとうと言う間にも、彼女は無言で踵を返した。戸口へ向かう背中に、ぼくは呼びかけた。

「きみには、名前があるの? さっき話したのと同じ人だよね」

 蟻人は足を止めた。肩の表情に、ありありと驚きを浮べていた。ル・アモンが飛び起きたのは、そのとき。

 あっ! とぼくが叫んだ頃にはもう、伯爵は床を蹴って、ミュルミドン蟻人に飛びかかっていた。けれどもまるで予期していたように、蟻人は身をひるがえし、伯爵の回し蹴りを叩き落とすと、尖った爪を、かれの咽もとに突きつけた。ル・アモンは、口の端をゆがめた。

「早くやれよ」

「殺すなと命令されている。我々には名前がない。名など、兵には必要ない」

 あとの言葉は、ぼくに対して答えたのだろう。再び戸が閉ざされたあと、ル・アモンは道化じみたポーズで肩をすくめた。

「やれやれ、コワイお姉さんだね。いったい何が、どうなっているのやら」

「そう仰るわりには、あまり戸惑っていませんね。まるでこうなることは、あらかじめ予想していたように見えます」

「妖魔の森では、何が起きたって不思議じゃないって話だろう。なあ、後ろのあんた」

 ぎょっとして振り向いた。壁際に貼りついていた闇が、ごそごそと動き始め、やがて粘土で捏ねたように、人の形をあらわした。

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