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コウモリ型ではなく、昆虫タイプの翼をもつ飛竜は、非常にめずらしい。けれども決してそれは、コウモリ型よりも弱いことを意味しない。むしろ、頼まれても敵に回したくないような、強靭かつ兇暴なやつが多い。
金粉は降り注ぎ、ぼろぼろの機体をあざけるように、美しく飾った。飛竜は上空を優雅に舞いながら、確実にボッカーを追跡してくる。
「今度は、あんたのお客さんかな」
「おそらく……」
間違いあるまい。が、使鬼ではなく、飛竜を差し向けてくるような相手など、ちょっと思い浮かばない。それになぜヘレナが、逆リクを送ってくるのかも。
長い尾を波うたせながら、飛竜は徐々に高度を下げてきた。金属的な鳴き声が、空気を切り裂いた。たちまち風圧が上から降り注ぎ、大波に揉まれるように機体が揺れた。
「くそったれめが!」
悲鳴とも悪態ともつかない声を上げて、ル・アモンが、操縦桿にしがみつく。もし、イコという強力なエンジンを積んでいなければ、今ごろ、地表に叩きつけられていただろう。
見れば、飛竜は左の翼すれすれの所までせまり、なぶるように並んで飛んでいた。石を嵌めたような緑色の目が、あくまで冷たい光を帯びた。兇暴そのものの乱杭歯。ごつごつした角質の後頭部から、尖った耳が突き出していた。暗緑色の全身を覆ううろこには、ハガネのような光沢があり、大剣の刃くらい、簡単にへし折ってしまいそうである。
胡蝶をおもわせる羽は、剣のような背びれを挟んで、ほとんど腰に近いところから生えていた。赤、青、白、黄色に塗り分けられた四重の円が、まがまがしい、巨大な目玉のように、両の翼を彩っていた。
そうして、竜の首に乗っている、一人の女の姿をみとめたとき、ぼくはヘレナが逆リクしてくる理由を、これ以上ないほど、はっきりと理解した。
「わたくしが風の精、ジルフェの眷属であることを忘れほど、耄碌してしまわれましたの? フォルスタッフ」
再び飛竜が大きく羽ばたき、とんでもない風圧に、機体は易々と弾き飛ばされた。ぐるぐると回転する世界に、ハーミアのかん高い笑い声が響きわたった。驚異的な技術で、どうにかこうにか機体を立て直し、ル・アモンが目の端で振り向いた。
「あれがあんたの想い人か。美人なのは認めるが、飛竜を乗り回すようなじゃじゃ馬は、おれなら勘弁こうむりたいね」
「ぼくもですよ、伯爵。珍しく意見が一致したところで、なんとか振り切れませんか」
「そうしたいのは、山々だがね。いまだかつて、ボッカーで飛竜を落とした話は、聞いたためしがない。もしそんなやつがいたら、今ごろ吟遊詩人に歌われて、街でも大流行りさ」
ハーミアがみずから言ったとおり、空中は彼女の領域である。ここが水中ならまだしも、相手のフィールドで、しかも重症を負ったヘレナを呼び出したところで、万に一つも勝ち目はあるまい。あとは地上に活路を見出すしかないが、驚いたことに、いつしか地表は、黒々とした森に覆われていた。
あんな所に突っ込めば、機体も五体もばらばらである。だいいち、狡猾なハーミアが、逃げ道など用意してくれるわけがない。おそらく、砂漠を飛び立った辺りから、つけていたのだろうし、ボッカーどうしの戦闘で、ぼろぼろになったところを見計らって、襲ってきたに違いない。
なぶり殺しを愉しむために。
(でも、ヘレナと最期を共にするのも、悪くないか)
飛竜は、はるか前方に舞い降りると、ゆるやかな弧を描いて旋回し、正面から向かってきた。乱杭歯を剥き出しにして、鋭い声を上げた。
「ちい……ぶつかっても避けても、どの道、ばらばらってわけか」
伯爵は操縦桿を握りしめたまま、微動だにしない。どうするつもりなのか。イコもまた、ホコラの上であぐらをかいた、いつも姿勢で腕を組み、瞑想するように前方を見つめていた。ロブロブがフル回転し、緑色の光が踊った。
このとき、二名が言葉を交わした形跡はないが、意志は通じているふうなのだ。ボッカーと闘っている間に、絆のようなものが生じたおぼしい。
瞬く間に、飛竜の巨体がせまり、ハーミアの表情に驚きが宿るところまで、はっきりと見てとれた。
真正面から衝突する直前、機体はぐっと右肩を下げた。金属どうしが擦れあうときの、狂気じみた音が鳴り響き、操縦席にまで火花が降り注いだ。このル・アモンという恐るべき男は、ダイオウカゲロウの翅で、飛竜の腹部を切り裂くのだ。
抵抗がなくなったところで、機体は一度回転し、そのまま全速力で離脱を図る様子。振り返ると、飛竜は中空でもんどりうち、苦痛の叫びを上げていた。緑色の体液がぶちまけられ、陰火と化して飛散した。
「ざまあみやがれ、こん畜生! もしも哲学ってやつが一つだけあるとすれば、逃げるが勝ちってな!」
青い指輪の明滅は、いつのまにかおさまっていた。