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現在のタジール公は、ぼくが戦争を起こした当時の公爵の、弟の子にあたる。まだ二十歳そこそこで、コトを構えるのが大好きな男であるという噂。エルズリー家から代々選ばれる宰相を、悩ませて止まないとか。
王家と公爵家の仲は、伝統的によくない。王を倒そうという陰謀の陰には、必ずタジール公の姿があると見て間違いない。まして、公家の頭目が喧嘩好きとあっては、なおさら。フクロウ党を陰で操っているというのも、おおいにうなずける。
「貧しき民衆の代弁者が、最新型のボッカーに乗っていたこと自体、解せませんでしたが。なるほど、裏で金を出している者がいたわけですね」
タジール公領は、王の直轄地の三倍以上。都市が少なく、田舎の代名詞ではあるが、広大な農地を有し、毎年納められるオリザだけでも、公爵の利益は莫大なものとなるはずだ。
ル・アモンは「伯爵」らしからぬ下品さで、鼻を鳴らした。
「ふん。貧しきものだけが、民衆とは限らんさ。王家にしても貴族にしても、民間の金貸しに食わせてもらってるという、噂さえある。実際、金貸しどもは、おれたち貧乏貴族なんかより、ずっと幅を利かせているからな。マントの裏地にびっしり宝石を縫いつけて、都市をのし歩いているのは、たいてい、このての連中だ」
「フクロウ党は、金融業者とも手を組んでいると?」
「王様になりたがる野郎が、たくさんいるってこった。民衆政府だ革命だと、上っ面だけ取り繕ってもな。けっきょく誰もかれもが、王様になりたいのさ」
「あの奇怪なグレムを提供したのは、公爵でしょうか。まさか、金貸し連の作品とは思えませんが」
さりげなく、最も知りたかった疑問を切り出した。改造精霊など、そうそう易々と作り出せるものではない。
封印された太古の秘法に関する知識と、強力なミワを持ち合わせている必要がある。けれど、そんな魔法使いの姿を、ぼくはダーゲルド・オーシノウのほかに、思い浮かべることができない。
(オアシスの古代竜といい、奇妙なものにばかり出くわすな……)
ル・アモンは、けれど沈黙を返し、次に言葉を濁した。
「秘密結社から秘密をとったら、何にもなくなっちまう。おれはもちろん幹部じゃなかったし、昇進できるほど長居しちゃいない。入党式のときだって、目隠しをさせられたくらいさ。幹部連中の容貌さえ知らないし、ひょっとすると幹部そのものが、実在しないのかもしれない」
「離党者には、ずいぶん厳しいようですね」
「おれは特別なんだろう。盗みをはたらいたからな」
何を盗んだのか、たずねようとしたところで、イコがホコラの上でくしゃみをした。彼女が優秀なエンジンであり、弾数は少ないが強力な砲であり、そうして高感度の「レーダー」であることは実証済みなので、おそらく何かが引っかかったのだろう。
再び何ものかが、この機体に接近してくる。逃げのびた一機か、それとも新手を引き連れて来たのか。このタイミングであらわれる以上は、友好的な相手とは思えない。地上を見れば、人を食う砂地は通り過ぎたようで、砂まじりの湿地の所々に、潅木が生い茂っていた。前方には、黒々とした森があらわれた。
いずれにせよ、不時着できそうな場所は皆無。飛んでいるのが不思議なくらい、ぼろぼろのボッカーの操縦桿を握ったまま、伯爵は溜め息をついた。
「またお客さんか」
「らしいですね。イコ、どんなやつだかわかるかい?」
少女グレムは、またたて続けに三度、くしゃみをしたあと、鼻の下をこすりながら言う。
「鱗粉をまき散らして、姿をくらましておりますよ。ご青年のボッカーの三倍くらい、大きなやつには間違いないんですがねえ」
よもや、ボッカーでもダイオウカゲロウでもあるまい。それほど巨大な飛行物体は、飛竜以外に考えられない。しかもわざわざ、「レーダー」くらましの鱗粉をまき散らしているくらいだから、単なる通りすがりでないことは確実。害意をもって接近してくるとしか、考えられなかった。
左手の指輪のひとつが、明滅していることに気づいたのは、そのとき。
「ヘレナが?」
一瞬、我が目を疑ったが、逆リクエストを発しているのは、確かに薬指の青い石である。まだダメージから回復しているとは、とても思えないので、ぼくは戸惑った。こんなところでへたに解放して、そのうえ飛竜と闘わせたりすれば、「最も憂慮すべき事態」になりかねない。
するうちに、オレンジから黄金へと変化する光の粉が、きらきらと舞い下りてきた。傾きかけた太陽の中に、胡蝶にも似た翼を有する、巨大な飛竜のシルエットが浮かんだ。