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「まずい。このままでは、人食い砂のまっただ中に、墜落だぞ」
ル・アモンの口調は、どこか他人ごとみたいに響いた。
人食いだなんて、そんなものは、例の宿屋だけで充分ではないか。いぶかる間に、かれは振り向き、口の端をゆがめてみせた。
「あんた、何百年も生きてるんじゃなかったのかい。古来、魔所として、その筋では名の知られた所だぜ。あいつらだって、そうと知りながら襲ってきやがったんだ」
かれの視線を追って下を向くと、ボロ布をつないだ、大きな海月の傘のようなものが、ふわふわと堕ちてゆくのが見えた。脱出した襲撃者たちとおぼしく、伯爵は吐き捨てるように言った。
「自業自得だよ」
「あまり想像したくありませんけど、砂蟹でもうようよいるのですか」
「そうじゃない。砂自体が、人を食うのさ。美少年、あれが砂漠に見えるかい?」
ぼくはうなずいた。旅に出てこのかた、砂漠ばかりが、果てしなく続いている。
「ところがそうじゃない。砂漠はもう、とっくに終わっちまってる。ここは、どろどろした沼地なんだぜ」
「解せませんね」
「砂漠のふりをしているだけなのさ。足を踏み入れたヤカラを、引きずりこむためにね」
王立学院の教師のように、片手を振り回して、かれが説明するには、例えばここを、商隊が通りかかたとする。砂漠らしからぬ、饐えたようなにおいは奇妙であるが、かといって、ほかの何ものでもない。沼地は砂の下で息をひそめ、最後のラクダの一匹が、自身の領域深く、足を踏み入れるまで待っている。
「それからよい頃合いを見計らって、やおら正体をあらわし、まるごと商隊を呑みこんじまおうって寸法さ。いわばこの場所じたいが、意志をもつ、巨大な化け物なんだな」
思わず再び下を向くと、落下傘らしきものは、もはや一つも見えなかった。ただ、砂漠にはあり得ない、湿った円形の染みが浮いていたが、それも間もなく消えうせた。
「同じめに会いたくなかったら、そのイコとやらを、何とか目覚めさせてくれよ」
依然、イコはぼくの腕の中で目を回しており、ロブロブの回転はいかにも頼りなく、高度はどんどん落ちてきていた。
伯爵の話を信じるならば、下はとても不時着できる状態ではないらしい。祈るような気もちで、食料の袋に手を突っ込むと、硬い果実に触れた。奇跡的に、エヴァの実がまだ三つほど残っていた。
「イコ、起きてくれないか。エヴァの……いや、メシだよ」
メシ、の一言に、少女グレムはたちまち反応した。むくりと身を起こした、その手にひと抱えもある果実を与えると、瞬く間に三個とも平らげた。
「地獄にホットケーキとはこのことですねえ」
と、意味のわからないことをつぶやいて、ぺろりと舌なめずりした。たちまちロブロブが回転数を何倍も上げ、機体は調子よく上昇をはじめた。さっきの戦闘で、ずいぶん穴だらけにされたが、悪運の強いことに、舵だけは無傷で残っていた。
「襲ってきた連中に、心当たりはあるのですか?」
伯爵は答えない。けれど、ちゃんと聞こえていた証拠に、ぴくりと肩が震えた。ぼくは語を継いだ。
「フクロウの仮面をつけた者たちついては、ぼくも、聞き及んでいないわけではありませんよ」
イコはホコラの屋根に戻り、相変わらず前方を見つめて、あぐらをかいていた。エヴァの実三つだけでは、もはやアスペクト砲は撃てまい。早いうちに着陸できる場所を見つけなければ、「燃料ぎれ」は時間の問題だろう。まして、逃げのびた一機が、再び襲ってきたりしたら、万事休すである。
依然、口をつぐんだままの伯爵に、さらにたたみかけた。
「見た目のとおり、フクロウ党といいましたか。王を倒し、民衆による新政府を樹立しようと暗躍する、革命派の連中でしょう」
また、ル・アモンの肩が震えた。今度は激しく、ぶるぶると。
「民衆による政府だって? そんなのは嘘っぱちだ。嘘っぱちもいいところだ。ご立派なお題目を唱えちゃいるが、しょせん、やつらの正体は、タジール公の飼い犬に過ぎんよ!」
意外な剣幕に、思わず目を見張った。自身でもそれに気づいたのか、取り繕うように肩をすくめると、風の中でつぶやいた。
「ま、おれもちょっと前までは、党員だったがね」