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自分の身は自分で守れ。守れそうにないときは、用心棒を雇うに限る。
自慢ではないが、三百年の間、悪の限りを尽くしてきたぼくには、敵が多い。おまけにこの首には、莫大な懸賞金までかけられているため、命知らずの賞金稼ぎどもに、常につけ狙われている。そして使鬼が使えない魔法使いは、剣を奪われた剣術使いに等しい。
むろん、使鬼を呼び出さなくても、多少の攻撃は可能だ。
火を起こし、水を噴出させ、風をあやつる。自然界に直接作用する呪文があるし、また人形をこしらえて、下等な精霊をのり移らせ、インスタントな使鬼をでっち上げる方法もある。並みの相手なら、この程度の術でも倒せるのだが、円眼鬼クラスの強力な使鬼を差し向けられては、とても太刀打ちできない。
(やはり、あいつに頼むしかないか……)
古来、魔術師は剣術使いとコンビを組む場合が多い。
攻撃力は魔術師のほうがはるかに勝っているが、例えば呪文を唱えている最中など、まったくの無防備になってしまう。またしょせん生身の体であるため、接近戦に持ちこまれては不利だ。そこで鍛えぬかれた剣術使いとコンビを組むことで、それらの欠点をカバーするのである。
三百年の間に、ぼくは何十人もの剣術使いと知り合った。かれらは当然、魔術師のように寿命が長くない。肉体の衰えは死を意味するので、むしろ一般人より短いくらいだろう。ズ・シ横丁に引っ込んでからは、かれらとのつき合いも完全に絶えた。
ただ一人だけ、「こいつは」と目をつけている剣術使いが、この界隈に住んでいるのだが。
(客?)
戸を叩く音で、もの思いから覚めた。
まさに日が暮れようとしていた。鎧戸の隙間から洩れる光は、弱々しい赤で、かわりに室内の灯火が、ようやく居場所を得たように、鮮やかに色づいてゆく。身を起こすと、寝台が頼りなくきしんだ。骨がばらばらになりそうな激痛に見舞われた。
「くっ……!」
使鬼の呪いだ。
五匹の使鬼どもが、内側からぼくのミワを突き破ろうとあがいているのだ。しかも単なる悪あがきではなく、確実にぼくの体を蝕んでゆく。彼女たちはそのことを充分理解しており、嗜虐的にほくそ笑むさまが目に浮かぶようだ。さんざんぼくにいたぶられてきた仕返しに。
あれから三日経ったが、ダーゲルド・オーシノウの行方は杳として知れなかった。人形を使って探索させたが、少なくともこのズ・シ横丁にはどこにもいない。ならばやはり幽鬼か、幻の類いかと考えてみたものの、青猫亭の連中は、たしかにかれを見ているのだから、ぼく一人の妄想では決してない。
そうしてダーゲルドの「秘法」は、夜露とともに消え去ることなく、はっきりと記憶に刻まれていた。
煩雑な儀式もいらなければ、サラマンドルの涙だとか海兎の牙などが必要なわけでもない。召喚の呪文も簡単に覚えた。あとは、ある場所へ行ってミワを結べば済むだけの話だ。が、しかし、ぼくはこの三日間、骨の痛みに耐えながら、どうしてもそこへ赴くことができずにいた。
恐ろしいのだ。
善鬼が、光の精霊が、恐ろしいのだ。ぼくをばらばらにしょうと目くろむ闇の精霊、五匹の悪鬼たち以上に。
また戸が叩かれた。
まったくこんな朝っぱらから、ではなく、日が落ちる前から魔術師の玄関を叩くなんて、無作法にも程がある。髪を掻きむしりながら寝台から抜け出すと、靴を履き、マントを羽織って、楕円形の鏡の前に立った。目の前で蒼ざめた美少年が、眉間に皺を寄せていた。
(こんな顔ばかりしていると、たちまち老けこんでしまいそうだ)
呪文を唱えると、ぼくの顔はしだいに滲み、灰色に曇る鏡面に溶けこむようにして消えた。振り子が五往復もする間に、再び鏡は像を結び始めるだろう。それは樫の戸板に象嵌された「眼」をとおして映し出される、扉の外の映像なのだ。
刺客ではなかった。
鏡の中で、頬を上気させたロザリオが、不安げな瞬きをくり返していた。夕陽を背景に、赤く染まったお下げ髪が乱れているさままで、はっきりと映っていた。