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額に手をかざし、太陽を見上げた。荒野を焼き尽くす光球の中に、黒い染みが浮かんだ。「殺意に満ちあふれた」風を切り裂く音が、頭上から打ちかかるように、せまってきた。
染みはやがて、六匹の兇暴な鳥のシルエットを描いた。四枚ではなく、二枚羽のボッカーとは珍しい。
「ひゃっほー! イコとやら、パワー全開で頼むぜ!」
「合点承知の助三郎ですねえ、ご青年」
伯爵とイコが、珍妙な会話を交わすと、機体が大きく揺れて、ぼくは危うく振り落とされるところ。三百年の人生経験においても、空でのアクロバットなんて、味わったためしがない。
「うわあああっ!?」
「しっかりつかまってな美少年。これから、もっとすごいことをやらかすぜ」
ほとんど真横に傾いた前席から、ル・アモンはニヤリと振り向いた。ぼくたちの頭上すれすれを、六機のボッカーが、次々と急降下してゆく。もしイコが気づかなかったら、今頃この機体は、ずたずたに切り裂かれていたに違いない。
ボッカーの翼に用いられる、ダイオウカゲロウの翅の縁は、長剣の刃として使われるくらい、強靭なのだ。
敵機は皆同型らしく、一様に黒く塗られていた。乗り手の男たちも黒づくめで、奇怪なことに、フクロウの面を被っていた。
急襲には失敗したものの、下方で態勢を立て直すと、三機ずつ、二手に分かれて上昇してきた。
スピードもパワーも、これまで見たことがないほど優れている。最新型に違いないが、こいつらはどう見ても、王の正規軍とは思えない。どうやってこんな新型機を手に入れ、なぜぼくたちを襲ってくるのか。
「ぼくにはどうも、心当たりがないんですけどね、伯爵。たしかにこの首には、多少の賞金がかかっていますが、ボッカーの編隊に狙われる筋合いはない。ジャンルが違うんですよ。もしぼくを襲うとしたら、まず、使鬼を放ってくるでしょうから」
ほぼ垂直に機体を傾けたまま、伯爵はみずから敵へ、突っ込んでゆくつもりらしい。払い下げ品を何度も転売したようなポンコツで、どうやって新型機に挑むつもりか。前方を見つめたまま、伯爵は言う。
「お察しのとおり、おれのお客さんだよ。多少の不便はこらえてほしいと、言わなかったけ?」
その間にも、ボッカーは先頭の一機に、正面から突っ込んでゆく。自殺行為だ。敵機のロブロブの後ろのホコラまでよく見えて、その上に這いつくばっているグレムの異様な姿に、覚えず息を呑んだ。イコとはまた別の意味で、見たことのない精霊だ。
小ゴブリンに似ているが、さらにグロテスクな姿をしている。全身が蒼黒く、潰れたような顔から金色の目が飛び出している。沼蛙のように、吸盤のある手足で貼りついたさまも奇怪で、どこか冒涜的な、不自然な印象を受けた。けれど、これだけの速度が出せるということは、かなり強力なグレムに違いない。
などと、考えている間に、敵機は面前にせまった。二機がぶつかった場合、ばらばらになるのはどちらか、目に見えていた。
「そおお、りゃああああああ!」
伯爵の叫びとともに、天地が逆さまになった。
ぼくの頭の下をすり抜けてゆく、フクロウの面の、心なしか驚愕したような瞳と目が合った。ちなみにイコは逆さまのまま、ホコラの上で平然とあぐらをかいていた。三機とも同様にやり過ごしたところで、ハラワタが引っくり返りそうになった。オンボロボッカーが空中で半回転し、すなわち天地は正常に戻っていた。
面前に敵機の尾翼が踊っていた。
「逝っちまいなああああ!」
また機体が斜めに傾き、前方の機体にせまった。たちまち切断された敵機の主翼が、後方へふっ飛んでゆく。それが錐揉みしながら墜落する頃には、次の一機が襲われ、これも同様の運命をたどった。残る一機との空中鬼ごっこが開始された。
「イコとやら、追いつけるか?」
「メシはいただきましたからねえ。いつもより多く回してご覧に入れますよ」
イコのツノが輝きを増すと、回転するロブロブの周りで、緑色の光の粉がきらめいた。空中分解を起こすのではないかと危ぶまれるほど、がくんと機体が揺れた。真横になった体勢で、瞬く間に敵機の下を通り抜けた。
振り返ると、まっぷたつに切断された黒いボッカーが、荒野をめざして墜ちてゆくところだった。