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ただ、一口にグレムといっても、固有の精霊を指すわけではない。例えば馬だとかウサギといえば、だれもが決まった姿を思い浮べるが、グレムの姿形は、かなり広いバリエーションをもつ。機械に憑く精霊の総称、と考えたほうがいいだろう。
とはいえ、ホコラの中からあらわれたグレムは、かなり珍しい部類には違いなかった。
精霊は少女の姿をしていた。
東の辺境の民族衣装をおもわせる、赤い服を身にまとい、長い黒髪もまた、東方ふうに編まれていた。けれど、何より特徴的なのは、額から突き出た、一本のツノだろう。巻貝をおもわせる、そのツノは半透明で、かすかな光を帯びていた。
グレムは目を回していた。それこそ戯画的に、くるくると。あまりに滑稽だったので、ぼくは気の毒さも忘れて、吹き出した。
「墜落のショックでしょうか。目を回していますよ」
掌にグレムを乗せ、そっと引き寄せた。色が白く、目が大きくて、なかなか愛くるしい顔をしている。ミワを注いでやると、瞬きをして、ようやく気がついた様子。
「メシにしましょう、ご主人」
目を覚ますなり、開口一番、少女グレムはそう言った。間のびした、脱力感をさそう声だ。
「メシ?」
「はい。もう、三日も何も食べてなくて、腹ペコなんですねえ」
ぼくは目をまるくした。グレムにせよ、使鬼たちにせよ、精霊は普通、メシを食わない。例えばミランダは、材木のような燃料があると、パワーを増すし、ヘレナは水中で無限の力を得る。けれど、それらはあくまで自然のエナジーであって、やはりメシではない。
額に手をかざし、こちらを見上げているル・アモンに、ぼくは尋ねた。
「伯爵、このグレムをボッカーに憑けたのは、三日前ですか?」
「そうなるかな。砂漠の入り口の村に出ていた、魔法使いの店で買ったのだ。何でも、見かけによらず強力なグレムで、砂漠くらい、ひとっ飛びだとか。太鼓判を信じて、大枚叩いたところが、このていたらくさ」
「その魔法使いは、精霊の世話の仕方くらい、説明したんでしょうね」
両の掌を天に向けた伯爵を見て、だめだと思った。メシを食うという「欠点」を伏せて、売りつけたに違いない。このどう見ても素直、というか、間の抜けているグレムは、そんなペテン師にも、簡単に捕まってしまったのだろう。
さいわい、食料ならガルシアの背に積んであった。ぼくはあまり食べないけれど、大食漢のビア樽のためにと、イーストン・ノウガワで補給しておいたものだ。ところがオアシスでヘンリー王が消えてしまったため、まだかなりの量が残っていた。
「ちょっと待ってて。いま食べ物をあげるから」
少女グレムを左手に抱いて、ボッカーを降りた。ぼくが付き添っていなければ、連鎖を解かれていないグレムは、ボッカーから離れることができない。ジンバから荷を降ろし、とりあえずエヴァの実をひとつ、グレムの前に差し出すまで、本当に精霊がこれを「食う」のかどうか、じつのところ半信半疑だった。
エヴァの実は、けれど、ほんの数秒で消滅した。
「この赤い実は、じつにうまいメシですねえ!」
もうひとつ差し出すと、それも同様に消えた。五つあった実が、へただけを残して、ものの一分でなくなっていた。自身の何倍もの体積があったはずなのに、この小さな体のどこに吸収されたのか、不可解としか言いようがなかった。しかもまだ欲しそうな顔をしているではないか。
干肉をぺろりと平らげ、煎り豆をざらざらと流し込み、甘根を丸齧りにしたところで、ようやく人心地がついた様子。じつにヘンリー王なみの食欲だが、体格の違いを考えれば、驚異を通りこして、不条理の領域に踏みこんでいる。
「落ち着いたのなら、名前を教えてくれるかい」
「イ、と申しますねえ」
母音一字とは珍しいが、おそらく東方の、複雑な象形文字が当て嵌まるのだろう。レムエルではないが、ぼくの考えを察したように、イ、は語を継いだ。
「呼びにくいでしょうから、イコでかまいませんよ。はじめましてですねえ、ご主人」