表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/136

25(1)

  25


 一夜明けると、ぼくは一人きりで、ガルシアの背に揺られていた。

 泉のほとりから、ヘンリー王の姿は消えていた。まさか、ぼくたちより先に古竜と戦い、屠られたのかとも考えたが、地上で戦闘のあった形跡は、まったく認められなかった。酒が欲しくなって、ふらりと一人オアシスを出た、とでも考えるのが、もっともらしい気がするが。

 いずれにしても、奇妙な剣術使いの行方は、杳として知れなかった。

 低地人の少女、アザニは、そのままオアシスに残った。彼女を加えた七人の巫女たちは、アブラクサス神像の首から出て、地上の泉のほとりに、住居を移すそうである。古竜が消滅した今となっては、もはや逃げ隠れする必要もあるまい。

 別れ際に少女を眺めれば、すでに巫女の風格をそなえ始めていた。やがてオアシスは、かつての賑わいを取り戻し、巫女として再出発したアザニは、人々の尊敬を得るだろう。まさに、水を得た魚のように。

 さて、レムエルであるが……

 善鬼は指輪に閉じ籠もったまま、一向に出て来ようとしないのだ。まあ、人鬼との一戦の後も、同様に出て来なかったのだから、落ち込んだり、気に入らないことがあれば、「貝になる」のが彼女の性質なのだろう。そんなわけで、

 ぼくは一人きりで、ガルシアの背に揺られていた。

 ル・ビヨンへ戻る気は、とうに失くしていた。今さら引き返すより、別のルートをたどって砂漠を抜けたほうが、はるかに手っ取り早い。そのうちに、ロムかレムか、双子の竜のうちの一方をつかまえれば、水路から、ずっと楽に帰還できるはずだった。

 とはいえ、極めていい加減な地図だけが頼りなので、本当に砂漠を抜ける最短ルートをたどっているのか、こころもとない。まるで大衆芝居の背景にかかげられた、ゼンマイ仕掛けの月日のように、太陽が笑いながら頭上を半周し、月の横顔が半周しても、まだぼくは荒野の真ん中にいるのだった。

 途中、不帰順族の野営の跡らしいものを見たし、破壊された荷車や、なかば風化した馬の骨を見た。砂地に貼りつくように生えている、潅木の茂みがあるかと思えば、明らかに砂蟹の巣とおぼしい、ロート状の穴の横を通り過ぎた。もしもうっかり足をとられれば、たちまち巨大な鋏をふりかざし、踊りかかってくることだろう。

 墜落したボッカーをみとめたのは、日が傾き始める頃。

 オアシスに着く前に、ぼくたちを追い越して行ったボッカーと、同じ機体だろうか。機首から無惨に砂の中に突っ込んでいるが、派手な落ちかたのわりに、機体の損傷は軽そうだった。ただこのありさまでは、乗り手の首の骨が折れていない保障は、極めて少ない。

 あるいはその首は、とっくに不帰順族に、持って行かれているのかもしれないが。ただ、機体に掠奪の跡がないところを見ると、ぼくが第一発見者である可能性のほうが、高いようだ。

「おーい、無事なのかい?」

 ガルシアを停め、とりあえず呼びかけてみた。人間の返事は期待していなかったが、まだグレムが残っているかもしれない。ボッカーが飛ぶためには、ロブロブを回す精霊、グレムが不可欠だから。

 ただし、ボッカーの乗り手は、必ずしも魔法使いである必要はない。もちろん、グレムを機体に憑ける儀式は、魔術師が執り行うが、乗り手に要求されるのは、飛行機械を空に浮かせるための、曲芸じみた技術にほかならない。むしろ、魔法使いが乗り手を兼ねるケースは、極めて稀といえた。

 だいいち、ぼくだってごめんである。

「おーい、グレムがいるんなら、解放してあげるよ。この様子じゃ、ロブロブに繋がれたままだろう」

 術によって封じ籠められている点では、グレムも使鬼と同様だ。やがて機体が崩れる頃には、拘束力も自然消滅するけれど、それまで封じ籠めておくのも、酷であろう。

「へえ、おまえさん、魔法使いなのか」

 反対側の翼の陰から、不意に応える者があった。グレムではなく、明らかに人間の声。だとすると、重症を負っているのではないか。ぼくは慌ててガルシアから飛び降りると、墓標じみた機体を迂回して、駆け寄った。

 半透明な翼を屋根がわりに、野宿した跡が歴然としていた。声の主は、散らばった工具の間にあぐらをかいて、ぼくを手招きしていた。飛行帽にゴーグルをつけ、マフラーで口を覆っているため、顔はまったく見えないが、怪我で苦しんでいるとは、とても思えなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ