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 ぼくたち魔術師にとっての善鬼とは、一般人にとっての悪魔に等しい。

 神というのか何というのかわからないが、そういったものの眷属であり、闇ではなく、光の世界に属する霊的なエナジーだ。例えば暗闇を這いまわる黒翅虫に、むりやり日光浴させれば、ひとたまりもないように、ぼくたちは光の眷属をこの上なく忌み嫌っている。

「冗談でしょう。いや、まったく冗談じゃない」

「そうとも。わたしは本気で言っている」

「不可能ですよ。百歩譲ってあなたが本気だとしても、善鬼なんかとミワが結べるわけがない。蝋燭にバケツの水をぶっかけるようなものです。そもそも善鬼ともあろうものが、ヨコシマな魔術師を成敗こそすれ、味方につくとお思いか? ぼくだって、三百年ほど生きていますがね、そんな話は一度も聞いたためしがありませんよ」

「そうだろう。わたしも聞いたためしがない」

 呆れて二の句が継げなかった。

 この男、こんなくだらない冗談が言いたくて、病身に鞭打ち、はるばる荒野をわたってきたのだろうか。ぼくのミワの衰えを嘲笑い、かつてぼくに敗れた恨みを晴らそうというのか。おまえはもうおしまいだよ、ビア樽野郎。せいぜいお祈りでもしておくんだな、と。

(ヘレナを呼び出してやる)

 心の中で歯ぎしりしながら、そう考えた。彼女なら、まだぼくに従うかもしれない。使鬼を持たないダーゲルドなど、見世物小屋の魔術師にも劣る。この場で即座に八つ裂きにして、老醜にピリオドを打たせてやる。

 あの強くて美しかったダーゲルド。憧れの魔術師の名を、これ以上穢さないためにも。

「ただし、秘法として伝わる以外は、な」

 ぼくの癇癪が爆発する直前に、かれは口を開いた。

「秘法……ですか」

「いわゆる、口伝だよ。書き残すことをかたく戒めらておるゆえ、どんな魔法書にも載っておらぬ。師から弟子へと、ただ口頭でのみ伝えられてゆく、いわば裏技中の裏技だな」

「かつてあなたは、ぼくに伝えるべきことはすべて伝えたと、そう仰いませんでしたか」

 燃える薔薇を見つめたまま、ダーゲルドは口の端をゆがめた。

「言った。あの頃のおまえに、この秘法は必要なかったし、わたしにもまた、伝える資格がなかったからな。だが今ではおまえのミワは衰え、わたしは死に瀕している。お互いに、その時期が来たのさ。それだけの話だ」

 魔法は生きものだ。

 かつてかれに、そう教えられた。術者が術を選ぶのではなく、術が術者を選ぶのだ。そうして今回の場合みたく、どうあがいても、その時期が来るまで習得できない魔法がある……ダーゲルドは語を継いだ。

「むろん、リスクをともなってこその裏技だ。へたをすれば即座に死に至る。が、いずれにしても待つものが死であるのなら、運命に対して能う限りの抵抗をこころみたい。フォルスタッフ、おまえならきっとそう考えるだろう。違うかね?」

 無言で首をふった。ダーゲルドは花弁から目を離し、ぼくをまともに見据えた。ほとんど色素を失った瞳は、けれど月に凍る鏡湖のように、相変わらず研ぎ澄まされていた。戦慄の中で、ぼくはつぶやいた。

「教えてください。その秘法というやつを」

 秘法と呼ばれるものの九割九分九厘は、贋ものであるといわれる。インチキ魔術師がシロウトの金持ち相手に法外な値段で売りつける、今も昔もかわらない商売の道具とされる。それらはやたらに煩雑な儀式をともない、呪文は本に綴じられるほど長たらしく、一角獣の角だのと海竜のヒゲだのと、入手困難な祭具を要求する。

 要するにまったく効かないのだが、ダーゲルドの口伝は違っていた。かれががすべて語り終えたあとも、月はまだ中天にかかっていた。本物の秘法とは、それほどシンプルなものだ。

 一輪の薔薇は手折られた記憶すら忘れたように、雑草の中でみずみずしく咲いていた。ただ赤い蝶ばかりが、月を装飾するように、ひらひらと飛んでいた。

 ダーゲルドの姿はどこにもなかった。

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