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 ぼくに向かって飛んでくる火の玉を、マントをひるがえして、防御した。

「っつうう……!?」

 ぶ厚いマントの焦げるにおい。熱気が顔に襲いかかり、あやうく白皙の美少年が、黒ゴブリンになるところ。

(こいつ、並みの霊力じゃない)

 落ちぶれても、スプーキー「ごとき」に、振り回されるぼくではない。こいつらが、何ものかに援護されて、霊力を何倍も高めているのは、確かだ。そうしてその巨大な邪力は、墓地の背後に広がる水の中から、ひしひしと感じられた。

 最初に神像の中で感じた、すさまじい妖気の正体も、おそらくそれなのだ。

「レムエル!」

 こんがりローストされかけながら、恰好をつけても始まらない。ここは彼女に任せて、おとなしく引き下がるのが賢明だろう。が、しかし、善鬼に目を遣ったとたん、我が目を疑った。

 彼女は翼を折りたたんだまま、いまだに手甲も現していないのだ。まったく戦う意志がないことは、火を見るより明らか。

 まさか、いつもの同情癖が出たのだろうか。ゾッと、そう考える間も、スプーキーどもは明白な悪意を込めて、這い寄ってきた。

「放っておける状況とは、思えないけど」

「わたしはまだ、手を出すべきではないようです。そうでしょう?」

 振り向いた善鬼の視線を追うと、第六の巫女を中心に、亜麻色の髪の、七人の娘たちが居並んでいた。うなずいて、第六の巫女は言う。

「はい。これは彼女にとっての試練となるでしょう」

 巫女は、隣に立っていたアザニの肩に、軽く手を添えた。少女は一度ひざまずいて、承諾の礼を示すと、仲間たちから離れて独り、進み出た。唇は硬く結ばれ、これまで見せたことのない、強い意志が、瞳にやどっていた。

 おのずから、ぼくの声は震えた。

「どういうこと? アザニを、この化け物たちと、戦わせるつもり?」

「大神のエニシが、この試練を彼女に課しました。真の巫女となるために、彼女は戦わなければなりません」

「冗談じゃない! この子はずっと、無慈悲な人鬼に囚われていたんだ。身も心も、ぼろぼろにされているんだぞ。この子にとって今、最も必要なのが、休息だということくらい、あなたにもわかるだろう。それにぼくは、試練という言葉が大嫌いだ」

 巫女や神官は、選ばれた者でなければならない。神々と接する資格を得るために、何らかの「試練」を必要とする。試練を経ることによって、かれらは一般人と区別され、聖性を獲得する。けれども普通それは、段階的かつ計画的に課されるものだ。

 いわゆる、修行である。

 ぼくたち魔法使いも、「黒い神官」の異名をもつほどだ。当然、修行は必要だったし、ダーゲルドは最も苛烈な師の一人と言えた。弟子いびりが趣味ではないかと、疑ったこともある。それでも、呪文の一つも教わらないうちから、邪霊の群れの前に、放り出されたりはしなかった。

「下がるんだ、アザニ。無慈悲な人鬼に、命令され続けてきたきみは、逆らうことを知らない。自由に振る舞うことに、あまりに慣れていない。でも、本心がそれを望まないのなら、きみには拒絶する自由がある。巫女に対しても、王に対しても、そうして、神に対してもだ!」

 それは運命との戦いに敗れたぼく自身の、心の叫びだったのかもしれない。

 アザニは立ち止まってぼくを見つめ、そうして微笑んだ。少女が初めてぼくに見せた、無邪気な笑顔だった。

「ありがとう。でも、だいじょうぶです。わたしは導かれ、そして守られています。大神ばかりではありません。フォルスタッフさま、あなたにも」

 背後で妖気が炸裂した。数匹のスプーキーが、同時に火の玉を吐いたのだ。確実にアザニ一人を狙った攻撃を、少女らしい身軽さでかわし、そのまま墓地のほうへ駆け出した。

 さらに降り注ぐ火の玉と、少女は戯れているように見えた。手足につけた木の鈴が、美しく響いた。スプーキーどもの間に、稲光に似た動揺が走った。たまりかねたのか、うち一匹が、両棲類のように地にへばりつくと、両腕を広げて飛び出した。

「ぎいいいいいいいっ!」

 化鳥じみた声を張り上げ、邪霊の全身は一個の火の玉と化して、飛来するのだ。アザニはけれど、今度は避けようとせず、地を蹴って、火の玉の正面に身を躍らせた。木の鈴の音色が、少女の跳躍を軽やかに彩った。

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