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23(2)

 これまで、妖気などまったく感じなかったし、むしろ清浄さに満ちていたから、驚きもひとしお。ぼくは思わず眉をひそめて、こめかみに手をあてた。レムエルに目を遣ると、彼女もまた、けわしい表情に変わっていた。

「邪竜……では、ないようですね。あれはいったい?」

 彼女の質問は、第六の巫女に向けられたようだ。巫女はけれど、静かな、というより、どこかうつろな眼差しを戸口に向けたまま。

「もうしばらくは、やって来ませんから。どうぞ、こちらへ」

 振り付けの決められた舞踏のように、巫女たちは、いっせいに背を向けた。第七の巫女となった、アザニもまた、ぎこちなくはあるが、皆に倣った。ぼくとレムエルは顔を見合わせ、彼女たちの背について、戸口、すなわち、アブラクサス神像の口へ向かった。

 大神の首の裏側へと、巫女たちはいざなう様子。よく見れば、この巨大な首は、ぐらつかないよう、組んだ木材で支えられていた。まさに、北方の殻つき防御陣地である、トーチカをおもわせた。この首で隠されていたため、わからなかったが、後方には、さらに横穴が続いているのだ。

「きみはさっき、この妖気は、邪竜によるものだと、疑っていたようだけど」

 巫女たちに前後を護られて、横穴を進みながら、ぼくはレムエルに耳打ちした。まるで熱源に近づくように、妖気は確実に大きさを増していた。

 数ある竜の中でも、邪竜は、最もお目にかかりたくない、種類のひとつだ。竜は基本的に、兇暴なやつも大人しいやつも、姿は美しい。けれど邪竜ばかりは、竜というより巨大な虫に近い、じつにおぞましい姿をしている。こんなやつと出くわすくらいなら、円眼鬼のフンドシ踊りを、一日じゅう眺めていたほうが、ましである。

「よく似ていたのですが、そうではないらしいのです。わたしにとっても、未知の感覚でした」

 精霊であるレムエルが、首をかしげるほどの「竜」とは、いったいどんなやつだろう。

 歩を進めるうちにも、背後から射す吊りランプの灯りが、しだいに届かなくなってきた。辺りは湿気を増し、岩蘚のにおいがした。先頭を行く第六の巫女が、不意に振り返り、レムエルに意味ありげな視線を送った。たちどころに了解したらしく、善鬼はうなずき、背の翼を発光させた。

「これは……?」

 白い光に、横穴の壁が照らされたとき、ぼくは驚かずにはいられなかった。最初、一面に壁画が描かれているのかと思った。無数の竜たちの絵が、それも骨の絵ばかりが、描かれているのだ、と。けれど、岩壁に浮かぶ無数の骨は、浅浮き彫りのように、立体感をともなっていた。

 本物の、竜の骨なのだ。それも、気の遠くなるほど昔の骨が、石化したものだ。

「化石というやつか。こんなに大規模なものを見るのは、さすがに初めてだな」

 だれに言うともなしにつぶやき、壁に目を奪われながら、さらに歩を進めた。太古に滅び去った、怪物たちの残骸。それらは、眩暈を覚えるほど恐ろしげであり、それでいて異様な魅力があった。骨を眺めているだけでも、現在の竜たちとは似ても似つかない、奇怪な姿をしていたことが、想像された。

 横穴の先に、光があらわれた。ランプではなく、どこからか、自然光が射してくるとおぼしい。そのまま抜けると、再び広い場所に出た。

(墓場?)

 林立する墓標が、まずぼくの目を射た。

 大理石とおぼしく、様式からすると、数千年前のもの。おそらく例のアブラクサス神像が、人々を震え上がらせていた時代だろう。

 かなり風化しているし、損傷も激しい。真っ直ぐ立っている墓標など、ひとつもないが、それでも、太古の墓地が、これほど完全な形で残っていたためしは、稀有といえた。地震でまるごと陥没したまま、洞窟の中に、封じ籠められていたのかもしれない。

 墓標の間には、神像が混じっていた。それらは、背後の、岩壁まで続く広大な水面まで続いており、後ろのほうでは、かなりの墓標が水没していた。見上げると、巨竜のアギトに呑まれたように、無数の尖った岩が、高々と連なっていた。外光は、これら奇岩の間から、洩れてくるのだろう。

 そうして、すさまじい妖気は、まさに墓地の辺りから、発せられているのだった。

 実際に、墓標のひとつに貼りついている、黒い塊が、はっきりと見えた。形も大きさも人をおもわせ、フードとナイトローブで、すっぽりと全身を覆っているような恰好。しかも一匹ではないらしく、もぞもぞと墓石から這い下りてきて、水辺に裾を引きずりながら、一斉ににじり寄って来た。

 フードの中。顔の辺りは真っ黒で、ただ両目だけが、真紅に輝いていた。そのうち一匹が、口と思われる辺りから、ぼくたちをめがけて、火の玉を吐き出した。間違いない。子供でも知っている、「火を吐くお化け」。

 スプーキーだ。

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