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22(2)

「泉の下に、通路が隠されているみたいなのです。アザニはそこへ、逃げこんだのかもしれません」

 ぼくは首をかしげた。ヘンリー王にも反論したとおり、低地人といえども、魚類ではないのだ。となると、意志に反して、そこへ引き込まれたのではないか。

「このシーツみたいなものは?」

「通路の入り口近くに、引っかかっていました。中を覗くには、それを外す必要があったのです」

 洗濯娘たちもまた、何者かに引き込まれたというのか。ともあれ、その通路とやらを見てみないことには、何とも言えない状況。要するに、ぼくも飛び込むしかないようだ。

 レムエルではないが、裸にならなくても、マントにミワを溜めれば、ザブ油を塗ったように、ある程度は水を弾く。息の問題は、空気玉をこしらえれば、当座はしのげるだろう。

 体を浸してみると、泉はいかにも清潔で、アザニが言ったとおり、邪気は感じられなかった。ヘンリー王は岸辺に突っ立ったまま、自身を指さして言う。

「まあなんだ、酒を積んだ難破船ってやつだな」

「どういう意味?」

「ビア樽を沈めちゃ、使い物にならねえ」

 あまりにもくだらないので、ぷいと無視すると、必死に口もとを押さえている、レムエルが目に入った。ウケているのだ。

 ぼくは呪文を唱えながら、蝶を捕らえるように、両の掌で空気を包んだ。そのままぎゅっと圧縮し、水に浸してそっと離してやると、大きな気泡がぽっかりと浮かび、弾けずに留まった。とりあえず、六つほどこしらえて、レムエルのほうへ泳いで行く。空気玉たちは、ぷかぷかと浮かびながら、着いてきた。

 奥のほうは、見た目以上に水が深いようだ。足がつかないどころか、ぼくの身長の三倍はあるだろう。それでも、人を呑む大魚が棲息できるほどの、深さではあるまい。周りにいるのは、無害な小魚たちばかりで、可憐な波紋を描いては、また潜ったりした。いかにも牧歌的な風景。

「このあたり?」

 水面を指さすと、レムエルは真顔でうなずいた。余談だが、並んで水に浸かっている情景には、みょうに淫靡なものがある。お互い服を着ているのが悔やまれる。が、そんなぼくの「邪念」は、もちろんたちまち読みとられた。

「フォルスタッフさま!」

「ああ、わかっているよ。もしアザニが中にいるとすれば、事態は一刻を争うからね。案内してくれ」

 レムエルがうなずき、水中に没すると、ぼくも空気玉のひとつを呑み、残りの五つを従えて、彼女の後に続いた。

 彼女は 翼で水を切り、軽いばた足だけで潜ってゆく。金色の髪がなびくさまが、人魚族の娘をおもわせて、いかにも優雅。目の前で揺らめく、白い素足の美しさは、例えようがなかった。

 それにしても、いざ水中戦ともなれば、彼女はかなり善戦するのではあるまいか。あらためて、彼女の使鬼としての「汎用性」に、舌を巻く思いがした。

 水底には、いずれも古代神殿の残骸とおぼしい、大理石の塊が、多く沈んでいる様子。名も知らぬ神像の首が、傾いたまま、仏頂面でぼくたちを見上げていた。その後ろへ、レムエルはするりと入り込んだ。とたん、彼女の姿が消えたのだ。

(……?)

 再び神像の首の脇から、彼女は頭を上にしてあらわれ、こっちだとぼくに示した。泳いでゆくと、その裏側にぽっかりと穴が開いた箇所があり、微細な泡をしきりに吐き出していた。地下室の入り口をおもわせて、穴の縁から階段がのぞいた。相当深いのか、闇に覆われて底が知れない。

 レムエルが先に入り、新たに空気玉を一つ呑んでから、ぼくも水を掻いた。一人がやっと潜れるほどの入り口を抜けると、中は意外に広く、階段の周囲の壁は、規則的な石組みになっていた。彼女自身が光を発するので、奥へ進んでも、闇に呑まれることはなかった。

 彼女と並び、階段に沿って、どれくらい深く潜っただろう。変化に気づいたらしく、レムエルが自身の光を弱めると、前方から、かすかな光が洩れてくるのがわかった。

 こんな水の中に光源があるのか。まさか火を焚くことはできまいから、光を発する生き物か。もし淡水烏賊だとしたら、ちと厄介だ。大物になると、優に十五マリートを超す。ちょうどこんな穴倉を好み、馬であれ人であれ、蝕腕を伸ばして引きずり込む。

 しだいに光は強くなり、周囲の壁を照らすまでになった。間もなく、その光は、半円を頂いた四角い穴から洩れてくることが判明した。階段は穴の中に消え、鉄のタガが嵌まった扉が、すっかり朽ちかけて、かたわらに引っかかっていた。

 ぼくたちの接近に驚いたのか、無数の小魚が、扉の陰から、わらわらと飛び出した。

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