21(2)
(ハーミア……!)
小指に嵌めた緑色の指輪が瞬くたびに、ぼくの全身を激痛が貫いた。ミワが手薄になったところをついてくる、彼女らしいやり方だ。
歯を食いしばって耐えながら、それでいてぼくは、薬指に嵌めた、紫の指輪が沈黙していることに、胸を撫で下ろさずにはいられなかった。
ここでヴィオラに出てこられては、破滅以外の何も意味しない。
ジェシカと善鬼は異変に気づいたらしく、こちらを凝視していた。ぼくはがっくりと膝をつき、みずからの手首をつかんだ。まるで別の意志をもつ生き物のように、左手の指がわななき、小指の指輪から、緑色に輝く、細い帯状の光が、幾筋も放たれていた。
「あたしの勝負に、水をさすんじゃないよ!」
ジェシカが叫ぶと、風が巻き起こり、笑い声が響いた。
「べつに、あなたの勝とうが負けようが、どうでもよろしくてよ。わたくしはただ、わたくしの意志で、この窮屈な牢屋から抜け出したいだけですの」
「解放してください、フォルスタッフさま。お体が持ちません」
レムエルに言われて、情けない話だが、あっさりと我慢するのをやめた。光が弾け、渦を巻いて、一人の痩せて背が高い女の姿を描いた。ハーミアは宙に留まり、ぼくたちを見下ろしたまま、軽く腕を組んだ。薄い唇に、皮肉な笑みを浮べて。
「落ちぶれましたわね、フォルスタッフ。闇をあやつる魔法使いともあろうものが、ケルビムの眷属なんぞに、すがりつこうとは」
「何を考えている?」
「べつに。さっき申しましたとおり、指輪の拘束から逃れて、清々しているだけですわ。とりあえずは、傍観させていただきましょうか」
ジェシカのように、正面からぶつかってくる女でないことは、百も承知だ。まずは自由の身になって、こちらの隙をうかがい、寝首をかくつもりか。またザミエルのようなデモンと組んで、襲ってくるかもしれないし、あるいは、ぼくが最も恐れている事態を……
ヴィオラが出てくるのを、待つ気かもしれない。
「とんだ邪魔が入ったね。さっきは見くびっていたが、次はそうはいかないよ」
だめだ、ジェシカ。それは、やられる側の常套句だ。と、突っ込もうと思ったが、単細胞なうえ、頭に血が上っている彼女には、もはや何を言っても無駄だろう。
少々被虐趣味のある彼女は、肉体への打撃には強い。打たれれば打たれるほど燃え上がり、直感も研ぎ澄まされるが、精神的な打撃には弱いのだ。まさかそこまで計算していたとも思えないけれど、それでもレムエルの剣による一撃は、明らかに「わざと」外したものだ。
大鉈を構えなおし、雄叫びを上げながら、ジェシカは宙に踊った。大上段から打ち下ろされる一撃が、レムエルを急襲した。たしかにこれをまた、腕で受け止めることはできまい。レムエルは素早く片方の膝をついて、右手を添えた刀身を、頭上で水平にかざした。
「よせ、折られるぞ!」
さっきの、下からすくい上げる攻撃とは、わけが違う。巨大な装甲竜が、これでまっぷたつにされるという驚愕の光景を、過去に目の当たりにしている。次の瞬間、痛恨の一撃が、レムエルの頭を無惨に打ち割るのは、確実とみえた。
が、
二つの得物の間に、光の層が生じ、四方へ弾けた。
「なんですって?」
思わず叫んだハーミアと、ぼくも同じ気持ちだった。いったいどうなっているのか? 剣と大鉈はお互いの刀身が触れ合うことなく、拮抗する力を示すように、静止しているではないか。必然的に、ジェシカの全身も、得物を打ち下ろした体勢で、宙に留まったままだ。
「エナジーシールド!」
そうとしか考えられない。レムエルの剣から放たれる光が、「力」をともなって、大鉈の打撃を受け止めているに違いない。すさまじい光の中で、ジェシカの表情が苦痛にゆがんだ。
「ああああああああっ!」
ガラスの割れるような音とともに、大鉈が粉々に砕けた。射落とされた鳥のように、得物を失ったジェシカは大理石の上に倒れた。レムエルがゆっくりと歩み寄り、剣の切っ先を向けた。
「勝負、ありましたわね?」