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 ボッカーはダイオウカゲロウの羽根を用いた、凧のお化けみたいな乗り物だ。グレムという精霊を宿らせて、ロブロブの回転による推力を得、空を自在に飛ぶことができる。

 危険度は、飛竜を飼い慣らすのと、いい勝負だろう。要するに、墜落は日常茶飯事。

「堕ちるんじゃないかな、あれ」

 ぼくたちの頭上を一機のボッカーが、ふらふらと追い抜いてゆく。半透明な翼が、日の光を透かして、虹色の光沢を浮べている。

 イーストン・ノウガワが見えなくなった辺りで、夜が明けた。最初は、ル・ビヨンに引き返すつもりだったが、低地人の少女を連れているため、予定を変えざるを得なかった。衰弱している彼女を、最も近いオアシスで休ませる必要がある。

 廃墟で拾った、じつに大ざっぱな地図によれば、この方角でよいはずだった。それひとつで、優に家が建つといわれる羅針盤を、ぼくは一つ所持していた。

(いいかい。きみは何も見ていないし、何も聞いていない。同時にもっと古い、楽しかった頃の思い出も、消えることになるけど。今はすべて、眠らせたほうがいい)

 少女がまだ、半覚醒状態にあるうちに、暗示をかけておいた。再び深い眠りに落ち、目覚めたときには、すべて忘れているだろう。

「ああ。ロブロブが止まってたぜ。空の真ん中で、グレムの爺さんに見捨てられちゃ、たまらねえや。きっと堕ちるな」

 相変わらず砂の上に剣を引きずり、長い長い一本の線を描きながら、ヘンリー王が寝言みたいにつぶやいた。ぼくは少女を前に抱く恰好で、ガルシアの背に揺られていた。ぼくのジンバは、宿屋もろとも潰されるほど、ヤワではない。

 ボッカーはゆるやかな弧を描いて、砂丘の向こうに見えなくなった。今にも地面に叩きつけられる音が、聞こえそうな気がしたが、見かけよりずっと高い所を飛んでいるから、実際は、堕ちるとしても、はるか先だろう。

 人が空を飛ぶという所業を、神々はなかなか、許されぬものとおぼしい。

 日が少しずつ高くなってゆく。埋もれかけた井戸があり、どれほど深い所から、汲み上げているのか知れないような、それがまだ生きていたのは、幸いだった。皮袋に満たした水が、ジンバの足並みに合わせて、ちゃぷちゃぷと揺れた。

 ぼくは苦手な陽光をマントでさえぎりつつ、何度かうとうとしては、落馬しそうな感覚に、慌てて起こされた。低地人の少女はまだ、ぐっすりと眠りこんでいた。指輪を日の光にかざすと、透明な石は、まっすぐに光を透すのだ。光線を複雑に屈折させる悪鬼たちの指輪とは、また違った美しさがあった。

 この指輪の中に、まだ善鬼がいることは、確実だろう。

 ミワが同調しているのを感じるし、体調がよかった。ひたすら術者を蝕む悪鬼の指輪との、なんという違いか。

 生半可な術者では、悪鬼の指輪に「食われ」てしまう。そんな持ち主を滅ぼした指輪が、たまに掘り出し物として、蚤の市に出ているが、一般人が買おうものなら、世にも悲惨な結果になるのは、目に見えている。悪鬼のリングを五つも所持できる術者を、ぼく以外では、三人しか知らない。

 ためしに善鬼のリングを引っ張っても、抜けなかった。契約が成立してる、これが何よりの証拠となろう。けれども善鬼、レムエルは、もはや呼び出しに応じようとしなかった。

 もしもこれが悪鬼ならば、考えられない話だ。

 どんなへっぽこ魔術師とであれ、契約した以上、使鬼は術者の奴隷である。ところが善鬼の場合、光を閉じ籠めることができないように、決して捕らえられない。ミワで屈服させるのは不可能と言われている。

 ではなぜ、こんなふうに、契約が成立するのか。非情に不可解ながら、これはもう、「エニシ」の一言で説明する以外にない。ダーゲルドの伝えた善鬼の捕獲法も、つまるところ、エニシを活性化させるだけのこと。最終的にイエスかノーかを決めるのは、善鬼の意志にかかっている。

(つまりレムエルは、ぼくに同情しているというのか)

 わからない。

 いったい、悪行三昧の人生を送ってきたぼくに、同情の余地などあるだろうか。最近はさすがにおとなしくしているが、トシをとっただけの話。タム・ガイの同類に過ぎないことは、自分が一番わかっている。

(くたばれ、下郎)

 あれは、ぼく自身に向けられた言葉にほかならない。

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