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蒼い光が吸いこまれるほど、石はあくまで透きとおっていた。
むろん、外側から見ただけでは、使鬼が封じられているかどうかは、わからない。ぼくは思念を凝らし、ミワを同調させてみようと試みた。少しずつ、波長をずらしてゆく技は、かなりの熟練を必要とする。低いところから始めて、順を追って高くしてゆくが、石はなかなか同調しない。
(やはり空っぽか。あるいは、医石の類いだったのだろう)
それに触れただけで病が癒えるという、医石ならば、多くの神殿に安置されており、遠方からの参拝者が絶えない。八割はまがい物だが、中にはちゃんと治癒力を持つ石もある。それでも、パワーを引き出すには、しかるべき儀式が必要なのであって、ただ触れただけで何でも治る石があれば、ぼくが欲しいくらいだ。
無駄とは知りながら、さらにミワの周波数を上げてゆく。聖歌隊の少年のように、どこまでも高く「歌える」ことが、ぼくの自慢である。けれど、ここまで高い波長に反応する精霊など、まず存在しない。氷の中に、魚が棲めないのと同じように。
(あっ?)
いい加減、ぼくもつらくなってきたところで、石の表面に変化があらわれた。ごくかすかだが、ぴりぴりと、エレキを帯びたような火花が生じている。
(冗談だろう……)
こんな芸当ができる精霊は、ぼくが知っている限り、ヴィオラくらいなものだ。闇の精霊である彼女は、あらゆるものを呑む。あらゆる波長を受けつけぬがゆえに、あらゆる波長を超越していられる。
ぼくはさらに周波数を上げた。高山病にかかったように、こめかみが痛くなり、呼吸が荒くなってきた。くらくらと眩暈がして、今にもぶっ倒れるかと思われた。そのとき、
翼が。
白い翼が羽ばたくのを見た。空なのか水の中なのかわからない、どこまでも澄んだ青の中で、無数の羽毛を、きらきらと降りしきらせながら、音もなく。
翼には、金色の巻き毛が絡んでいた。肖像画の貴婦人のような、豊かな巻き毛が、風になびくように、あるいは、水の中をたゆとうように。揺らめきながら、ゆっくりと、こちらを、ぼくほうを、振り返るようだった。
青い瞳。
「おい、だいじょうぶかよ」
ヘンリー王の声が降ってきて、ようやく自身が、床にひざまずいていることを知った。
指輪を手にしたまま、あやうく倒れるところだったのだろう。きりきりと、差し込むような頭痛を覚えて、うめき声を洩らした。能力の限界を超えるほど、周波数を上げすぎたのだ。
「石の中に、何か入っていたのかい?」
「いや……」
言葉を濁しつつ立ち上がり、あらためて指輪を眺めた。けれども透明な石の中には、もはや何も映っていなかった。青い瞳の面影も。
「聞いたか?」
かれらしからぬ、鋭い声でヘンリー王が尋ね、ぼくもうなずいた。この家のどこからか、かすかに悲鳴が聞こえたのだ。低地人の少女の声に、違いなかった。
ぼくは指輪を魔方陣の描かれた手巾で包むと、ベルトのポーチに入れた。少女の悲鳴に気をとられている間も、ほとんど無意識にそうしたのである。部屋を出て、廊下を戻ろうとしたところで、後ろからヘンリー王に肩をつかまれた。蛍貝の化石が、行き場をなくしたように、前方でふらふらと揺れた。
何者かが、前方から近づいて来るようだった。
重々しい、引きずるような足音が、しだいに高まった。あまりにも不快な気配の塊。この家を覆う汚れた闇の大もとが、にじり寄ってくるようで、吐き気と悪寒にさいなまれた。
ごとり、ごとりと足音は響き、やがて蒼い薄闇の向こうに、闇を捏ねたような人影がのっそりと立った。
背の高い、痩せた男だ。ひどい猫背で、両腕をだらりと垂らしていた。ぼうぼうに伸びた蓬髪。蒼く光る眼の下で、唇がまがまがしく歪むのを見た。
「こまるんだよね。人の家の中を、夜中にごそごそ歩き回られては」
人よりは、獣のうなり声をおもわせる、低い声。さらに数歩あゆみ寄った姿を見れば、恐るべき三白眼で、顔半分が硬い無精ヒゲに覆われていた。顔立ちはたしかに美しいが、それをすべて否定して余りある、言い知れぬ荒廃が覆っていた。
異様に長い手足。袖を捲り上げたシャツからは、毛むくじゃらの腕が食み出していた。こいつが何者か、もはや尋ねるまでもなかった。
タム・ガイ!