表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/136

16(3)

 蒼い光が吸いこまれるほど、石はあくまで透きとおっていた。

 むろん、外側から見ただけでは、使鬼が封じられているかどうかは、わからない。ぼくは思念を凝らし、ミワを同調させてみようと試みた。少しずつ、波長をずらしてゆく技は、かなりの熟練を必要とする。低いところから始めて、順を追って高くしてゆくが、石はなかなか同調しない。

(やはり空っぽか。あるいは、医石の類いだったのだろう)

 それに触れただけで病が癒えるという、医石ならば、多くの神殿に安置されており、遠方からの参拝者が絶えない。八割はまがい物だが、中にはちゃんと治癒力を持つ石もある。それでも、パワーを引き出すには、しかるべき儀式が必要なのであって、ただ触れただけで何でも治る石があれば、ぼくが欲しいくらいだ。

 無駄とは知りながら、さらにミワの周波数を上げてゆく。聖歌隊の少年のように、どこまでも高く「歌える」ことが、ぼくの自慢である。けれど、ここまで高い波長に反応する精霊など、まず存在しない。氷の中に、魚が棲めないのと同じように。

(あっ?)

 いい加減、ぼくもつらくなってきたところで、石の表面に変化があらわれた。ごくかすかだが、ぴりぴりと、エレキを帯びたような火花が生じている。

(冗談だろう……)

 こんな芸当ができる精霊は、ぼくが知っている限り、ヴィオラくらいなものだ。闇の精霊である彼女は、あらゆるものを呑む。あらゆる波長を受けつけぬがゆえに、あらゆる波長を超越していられる。

 ぼくはさらに周波数を上げた。高山病にかかったように、こめかみが痛くなり、呼吸が荒くなってきた。くらくらと眩暈がして、今にもぶっ倒れるかと思われた。そのとき、

 翼が。

 白い翼が羽ばたくのを見た。空なのか水の中なのかわからない、どこまでも澄んだ青の中で、無数の羽毛を、きらきらと降りしきらせながら、音もなく。

 翼には、金色の巻き毛が絡んでいた。肖像画の貴婦人のような、豊かな巻き毛が、風になびくように、あるいは、水の中をたゆとうように。揺らめきながら、ゆっくりと、こちらを、ぼくほうを、振り返るようだった。

 青い瞳。

「おい、だいじょうぶかよ」

 ヘンリー王の声が降ってきて、ようやく自身が、床にひざまずいていることを知った。

 指輪を手にしたまま、あやうく倒れるところだったのだろう。きりきりと、差し込むような頭痛を覚えて、うめき声を洩らした。能力の限界を超えるほど、周波数を上げすぎたのだ。

「石の中に、何か入っていたのかい?」

「いや……」

 言葉を濁しつつ立ち上がり、あらためて指輪を眺めた。けれども透明な石の中には、もはや何も映っていなかった。青い瞳の面影も。

「聞いたか?」

 かれらしからぬ、鋭い声でヘンリー王が尋ね、ぼくもうなずいた。この家のどこからか、かすかに悲鳴が聞こえたのだ。低地人の少女の声に、違いなかった。

 ぼくは指輪を魔方陣の描かれた手巾で包むと、ベルトのポーチに入れた。少女の悲鳴に気をとられている間も、ほとんど無意識にそうしたのである。部屋を出て、廊下を戻ろうとしたところで、後ろからヘンリー王に肩をつかまれた。蛍貝の化石が、行き場をなくしたように、前方でふらふらと揺れた。

 何者かが、前方から近づいて来るようだった。

 重々しい、引きずるような足音が、しだいに高まった。あまりにも不快な気配の塊。この家を覆う汚れた闇の大もとが、にじり寄ってくるようで、吐き気と悪寒にさいなまれた。

 ごとり、ごとりと足音は響き、やがて蒼い薄闇の向こうに、闇を捏ねたような人影がのっそりと立った。

 背の高い、痩せた男だ。ひどい猫背で、両腕をだらりと垂らしていた。ぼうぼうに伸びた蓬髪。蒼く光る眼の下で、唇がまがまがしく歪むのを見た。

「こまるんだよね。人の家の中を、夜中にごそごそ歩き回られては」

 人よりは、獣のうなり声をおもわせる、低い声。さらに数歩あゆみ寄った姿を見れば、恐るべき三白眼で、顔半分が硬い無精ヒゲに覆われていた。顔立ちはたしかに美しいが、それをすべて否定して余りある、言い知れぬ荒廃が覆っていた。

 異様に長い手足。袖を捲り上げたシャツからは、毛むくじゃらの腕が食み出していた。こいつが何者か、もはや尋ねるまでもなかった。

 タム・ガイ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ