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ゼイロクが部屋に引っ込むのと入れ違いに、食事を持って少女が入ってきた。
オリザの粥に、豆のスープ。ふかしたコウガ芋。ぼくは肉を食わないと言ってあったので、ヘンリー王にだけ、タヒムという魚の料理が出た。それともちろん、酒である。
「なあ兄弟。もし、ほかほかの肉料理が出てきたら、びっくり仰天。気を失っちまうところだぜ」
「いつからきみまで、ベジタリアンになったのさ」
「そんなんじゃねえけどよ。こんな所じゃ、肉は食わねえもんだ。うん、食わねえに限る」
かれが暗に何を言いたいのか、ようやく理解できた。
「ブラックな冗談はやめてほしいね。食事がまずくなる」
ジョークならよいのだが、と、ぼくは内心付け足した。酒を飲む合間に合間に、タヒムにかぶりつきながら、ヘンリー王は言う。
「いやいや、こいつはなかなかイケるぜ。あの嬢ちゃんが作ったのかねえ!」
「ほかに使用人がいるようには、見えないもの。あの子がガルシアを厩まで引いて行くくらいだから、きっとそうだろう」
「じゃあ、この魚を釣り上げたのも、あの嬢ちゃんってわけだ?」
ぼくは返答に詰まった。タヒムはロム川だけで捕れる。全長が一マリートを優に超える、丸太のような大魚である。力士でも数人がかりでなければ、釣り上げられないほどだから、まして、あのほっそりとした少女の手には、とても負えまい。ただ、昨夜あたり、この魚をぶら下げた客が泊まったのなら、話は別だが。
「あの子は、明らかに低地人だ」
「そのようだね」
「もともと、こんな乾いた土地に住める種族じゃない。わざと弱らせて、奴隷として酷使するために、低地人の、しかも少女を選んだのだろう。常に生命を脅かしながらね。そう考えると、タム・ガイという人鬼は、ずいぶんずる賢い。とても危険なやつだよ」
「いったいあの嬢ちゃんは、どういうわけで、ここに繋がれちまったんだろうな」
おそらく彼女の庇護者たちは、彼女の幸福な時代とともに、とうにこの世を去っているだろう。それが人鬼のしわざであれば、悲劇はこの家で起こっているはずだ。どんなことが起きたのか、けれどぼくは考えたくなかった。
天井で、何か大きなものが、ぞろりと動く気配を感じた。吊りランプがかすかに震え、ぼくたちの影法師を、お化けのように揺らした。見上げても、そこにはぶ厚い蜘蛛の巣があるばかり。珍しく、ヘンリー王が声をひそめた。
「なあ兄弟。あんたの魔法で、調べられるんじゃねえのか。この家ン中が、どうなっているのかよ」
苦笑しつつ、首を振った。
かれが言うのは、下級精霊を用いた偵察なのだろうけれど、これほど凄まじい邪気の真っ只中にあって、そんな玩具みたいな魔法が通用するかどうか。こんな時こそ、風の入る隙間があればどこへでも忍びこめる、ハーミアが役に立つのだが、まさか呼び出すわけにもゆくまい。
とりあえず、ぼくは未使用の木のスプーンを手に取った。その上に片手でゆるやかな円を描きながら、精霊を封入する呪文を唱えた。スプーンが緑色の燐光を放つのを見届けてから、そっと手を離した。匙は浮いたまま、ゆらゆらと食堂の中を歩き回り始めた。
ぼくは席を立って、ゼイロクが出て行ったドアを細めに開けた。入ってきたほうのドアは鍵がかかっているが、こちらは開いたままだ。スプーンはドアの隙間から出て行くと、ぼくは席に戻り、目を閉じて匙が送ってくる映像を瞼の裏に写した。ヘンリー王が言う。
「おいおい、何が見えるのか、教えてくれなくちゃな」
「暗い廊下だよ。ここまで来たのと同じような、細く曲がりくねった。ただ両側にいくつか、ドアが並んでいるのが見える。どれもきっちりと閉ざされて……待てよ、ここは入れそうだな」
ドアがわずかに開いており、真っ暗な闇が覗いていた。ぼくは念じて匙をその中に入れた。本当は真の闇なのだろうけれど、精霊のビジョンなので、猫の目を通したように、ものの形が、うっすらと見分けられる。
意外にも、ドアの向こうには、さらに廊下が続いている様子。やはり狭くて、いびつに歪んでいる。やがて行き止まりになり、そこにもドアが立ちふさがっている。スプーンを浮き上がらせて、頭部を鍵穴に密着させた。最初はぼんやりとしてよく見えなかったが、やがて望遠鏡の焦点が合うように、視界が像を結び始めた。