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「どうしてもお行きなさるか?」
風化した古代神殿。三つ並んだ大岩のかたわらに立ち止まり、赤マントの男は念を押すのだった。
ぼくがうなずくと、かれは悲しげに首をふった。
「あなたがあえて関わりになろうとする、その理由がわかりませんな。無視して通りすぎればよい話。それだけのことではありませんか。まさか正義感に駆られて鬼退治をなさろうなんて、そこまで浅はかな御仁とも思えませんが」
「ぼくも悪党の一人ですよ。タム・ガイとやらの所業を責める資格もなければ、犠牲になった旅人を憐れむイワレもない。ただ、何らかの暗いエニシがはたらいて、ぼくをこの地に引き寄せるようです」
「そのエニシを断ち切るのが、意志の力ではござらんか」
「生意気を言うようですが、ぼくがこれまで生きて強く感じたのは、意志というものの、圧倒的な無力さでした。あるいは意志そのものさえ、人が勝手に存在するとかん違いしているだけかもしれない」
「言い訳にしか聞こえませんな」
「そうかもしれません。でもぼくは行きます。ガルシアがこちらへ首を向けた以上、後戻りはできないんです」
男はもう一度無言で首を振ると、三本岩を手前で折れ、去って行った。ぼくとヘンリー王は、そのまま岩の根元を回りこんだ。前方はやや窪地になっており、荒涼とした廃村の全景が見わたせた。
イーストン・ノウガワ。
赤マントの男によれば、およそ二十年前までは、数百人の住民が身を寄せ合う、小規模だが美しいオアシスだったという。かつて人が住んでいた町が、無惨に荒れ果てた姿は、何もない荒野よりもいっそう、すさんだ印象を与える。
ガルシアから降りて、岩に刻まれた、ゆるやかな階段を下った。まだかろうじて立っている家もあれば、屋根の重みに耐えかねて、ぐしゃりと潰れた家屋も多い。戸や窓は、固く閉ざされている場合もあれば、ぽっかりと開いて、空虚な闇を覗かせている所もある。ただどの家からも、灯りらしい灯りは洩れていなかった。
見上げれば満天の星空。月も出ていたが、余命いくばくもなく衰えて、天球の隅に追いやられていた。荒野においては、星の光も意外に明るく、足もとを照らす頼りになる。
「人っ子一人いねえみたいだが。そうでもねえか」
気配なら、ぼくもさっきから感じていた。廃屋の中や周囲に、纏わりつくように、半透明の白い球体がよぎるのも、何度か目にした。
「コダマだよ。廃屋に棲みつく下級精霊だ」
コダマはとても臆病なので、完全に人がいなくなった後にしか現われない。ということは、例えば盗賊などのネグラにされることもなく、この街は静かに見捨てられ、滅びてゆくだけなのだろう。
なかば砂に覆われた街路。石畳を割って、ウワバミ草がひょろひょろと顔を出している以外、生きた植物の姿はない。枯れ木ばかりが、怪物じみた枝を空に広げていた。
「信じられないね。かつてここには、ロム川がもたらす泉が湧き出て、緑も豊かだったなんて」
「泉が枯れた以上は、滅びるのは必定ってもんだ。それともあんた、人鬼とやらが、泉を呑んじまったとでも言うのかい」
「決して無関係ではないと思うよ。滅亡するときは、いつもそうじゃないか。様々なことが一度に起こり、あっという間に滅ぼしてしまう」
ヘンリー王は「ふん」と鼻を鳴らし、赤マントの男からぶん取った皮袋を夜空にかざした。ぶ厚い舌の上に数滴だけ、かろうじて落下するのを見た。街路を抜けると、円形の広場があらわれた。
さほど広くはないが、往時は市が立ってさぞ賑わったことだろう。今は見る影もなくがらんとして、やはり砂に埋もれかけていた。豊かな水をたたえていたであろう、中央の水盤も枯れ果てて、魚神メイヤアの像が淋しく傾いていた。神像の向こうに、かすかな灯りが見えた。
「あれだね」
陰火ではなさそうだ。橙色の弱い光が、誘うようにちらちらと揺れているから、例の宿屋に間違いあるまい。なるほど、水を求めてここまで足を踏み入れた者ならば、間違いなくあれを目にしただろう。
ヘンリー王が皮袋を投げ捨てた音を合図に、ぼくたちは広場を横切った。奇怪な魚神像の横を通り過ぎるとき、真円形の目玉で睨まれた気がした。