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 少しばかり、旅をしなければならないだろう。精霊を求める旅を。

 ただし、大旅行になるとは限らないし、全盛期のような体力もない。この期に及んで、あまり負担をかけてはミワも体も持たないから、必然的に小旅行になるのではないか。

 新たな精霊を求めて!

 もっと若い頃なら、この言葉に胸を躍らせたものだが、今回はまったくもって気が重い。億劫である。面倒くさい。いっそ自堕落にベッドに横たわったまま、使鬼たちに食い尽くされるに任せてしまいたい気もするが、もはや、それすらかなわないところまで、ぼくは追いつめられている。少なくともミランダは、善鬼との対決を望んでいる。

(まいったね)

 夜になろうとしていた。

 闇を恐れるようになった今でも、長年の習性が抜けきれない。コウモリや猫たちと同じ時刻に目が冴え、活動を開始する癖がついてしまっている。荷物はすでに纏めてある。長旅をするつもりはないので、頭陀袋ひとつで事足りる。

 扉に鍵をかけ、一応、留守番に下級精霊を何体かつけた。横丁の住人ならみんな知っているので、ぼくの留守を窺ったりしないが、もしよそ者のこそ泥が入ったら、吟遊詩人たちによって、恰好の笑い話のネタにされるだろう。裏手にまわると、馬小屋の中で愛馬ガルシアは、おとなしく待っていた。

 むろん、ガルシアもまたジンバである。

 ジンバとは、飛竜と乗馬をかけ合わせて作られた軍馬で、竜の強靭さと、馬の従順さを併せもつ。こういうと理想的だが、使いものになるジンバを得るのは至難の技。産まれてくるジンバのほとんどが早死にし、成長したもののほとんどが、どうしても竜の要素が勝って、人を噛み、踏み殺そうとする。必定、ジンバの調教は命がけとなる。

 ガルシアは二代めで、王国とコトを構えた時の愛馬であった初代ガルシアの娘にあたる。母親が、五人の調教師を食い殺したほどの、じゃじゃ馬だったのに対し、娘はひたすらおとなしい。並みの乗馬より従順かもしれない。初代がミランダなら、二代めはヘレナといったところか。

 そしてひとたび激昂すると、どんな暴れジンバより手がつけられなくなるところも、彼女と似ていた。

「またメシのタネでも、拾いに行くのかね?」

 小屋からガルシアを出したところで、かん高い声が響いた。見れば、彼女の背中にコイワイがちょこんと腰かけている。背を伸ばしても、三十セリクトに満たないだろう。白いヒゲを伸ばした老人の姿をしており、顔が大きく、頭頂だけが奇麗な円形に禿げていた。

 かれは家畜小屋の精霊で、ガルシアの面倒をよく見てくれた。質のいい精霊が小屋に憑くと、中の家畜は健康で毛並みも美しくなる。逆にタチのよくないのが憑くと、たちまち病気になって痩せ衰える。コイワイは、ぼくが選んでつけておいたのだ。

「今度のは、仕事じゃないさ。ただし、いつ帰って来られるかわからない」

「長いのかい?」

 ヒゲをしぼるような恰好で、コイワイは目を細めた。お世辞にも美しいとは言えないし、むしろ不気味な部類だが、どこかユーモラスな姿を眺めていると、不思議と気分が落ち着く。

「どうかな。できれば新月までには、なんとかしたいね」

 当てずっぽうに歩き回る以外、方法はないのだ。ひょっとすると今夜じゅうに、しかるべき場所に行き着くかもしれないし、うんざりするほど時間がかかるかもしれない。ダーゲルドといえども、ぼくが次に精霊と行き逢う場所を、指定することはできない。個人のミワとは、そういうものだ。

 錘で首を揺する人形のように、コイワイは笑う。

「気乗りがしないようだの。しかし、おまえさんが考えている以上に、よいエニシに恵まれるかもしれんて」

「嫁を探しに行くんじゃないよ、お爺さん。しかも今度ばかりは、勝手が違う。火の中から、ガーイの実を拾い上げるようなものだからね。へたをすれば、大やけどだ」

「どうかな。おまえさん、ここ何日かは体調がよろしいようだが。それはどうしてか、考えたことがあるかね」

 鞍を手にしたまま、ぼくは目をしばたたかせた。考えたこともなかった。たまたま、調子が好いのだとばかり思っていた。

「まさか……」

「そうではないか。おまえさんのミワは、すでに新たな精霊とのエニシに、引かれておるのではないのかね」

 思わず鞍を落としかけた。

 善鬼が、ぼくを呼んでいる!?

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