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10(2)

「フォルスタッフさんの夢を、見ていたようです」

 消え入りそうな声でつぶやいた。その反応からして、よもやぼくが白いジンバにまたがって、毒竜に囚われた彼女を救い出す夢ではあるまい。あまり尋ねたくなかったが、どれくらい記憶の痕跡があらわれているか、知っておく必要があった。 

 ぼくは彼女の瞳の奥を覗きこみ、ゆっくりと囁いた。

「話してごらん。どんな夢を見たのか」

 最も単純な催眠魔術だが、正直者のロザリオには、これで充分。案の定、彼女の瞳が、とろけるような色をおび、唇がわなないた。

「夜に、フォルスタッフさんを訪ねる夢です。わたしは真っ赤に熟したエヴァの実と、守り刀を籠にしのばせていました。フォルスタッフさんは、まっ蒼な顔で、ベッドに横になっていました。何も食べたくないとおっしゃるけれど、わたしは枕もとの椅子に腰をおろして、守り刀を取り出すと、エヴァの実の皮を剥き始めました」

「それから?」

「守り刀は、エヴァの実を剥くには大きすぎますし、鋭すぎました。うっかり手を滑らせて、左手の人さし指を傷つけてしまいました。手首を伝うほど、赤い血が流れました。夢の中ですから、ほかの色はぼんやりとくすんでいますのに、血の色だけが鮮やかに目に映るのです。フォルスタッフさんは相当な苦労をして、ベッドから半分、身を起こされました」

 ぼくは傷ついた彼女の手を取ると、指に口づけし、丹念に血を舐めたという。

「あまりの心地よさに、体が痺れるようでした。できることなら、ずっとこうしていたいと思いました。やがてフォルスタッフさんは顔を離し、にっこりと微笑まれました。さっきまでの蒼い顔が嘘のように、頬がつやつやしていました。見れば、わたしの傷口はすっかりふさがっていて、何の跡も残っていませんでした。

『刀とエヴァの実を貸してごらん』

 言われるままに、剥きかけの実を手わたしますと、

『こいつがクセモノなんだ。きっと中に、ベブゼ虫が隠れているに違いない』

 ベブゼ虫が何なのか、存じませんでしたが、見る間にフォルスタッフさんは、エヴァの実の真ん中に、守り刀をぐさりと突き刺されました。ぎゃっ、と夜鳥が鳴くような声が響いて、コウモリの翼と、黒くて細長い、鋭い爪のある手足が果実から飛び出しました。そのまま狂ったように身もがくのです。わたしは覚えず口に手をあて、小さな悲鳴を上げました。

『なんですの?』

『腐っていたんだね。でもこいつが入っていると、見た目は旨そうだから、騙されるんだよ』

 そう言いながら手を離されると、奇怪な果実はキーキーと鳴きながら翼を羽ばたかせました。ふらふらと部屋を横ぎると、火を慕う虫のように、暖炉の中に飛び込みました。火につつまれたかと思うと、煙突から出て行ってしまったのです」

 興味深い夢だ。

 実際に起きたことが、手品師の鏡に映したように、奇妙に歪められた形であらわれている。のみならず、人さし指の血は、ミランダの出現まで見とおしているようだ。ぼくはポルポ茶を飲み干すと、マントを引っかけた。赤くなって煩悶しているロザリオをうながして、外へ出た。

「送ってあげるよ」

 昨夜、あれほど使鬼たちが暴れたにもかかわらず、体調は悪くなかった。考えてみれば、始終、使鬼どうしが彼女たちの意思で争っていたのであり、ぼく自身は、ほとんどミワを消耗していないのだ。例えば、いやがるヘレナを無理やり、ぼくのミワに従わせたのであれば、かなりの消耗は避けられなかっただろうけれど。

「すみません。かえって、気を遣わせてしまって」

「かまわないよ。今夜は調子がいいから、ぼくも散歩がしたかったんだ」

 現実を忘れたかった、というのが本音だろう。いよいよぼくの運命には、チェックメイトがかけられていた。ハーミアが背後から隙をうかがい、正面からはミランダが、咽もとに切っ先を突きつけた恰好。頼みの綱であったヘレナは、使鬼の掟に束縛されて、完全に動きを封じられていた。

 死にたくなければ、善鬼とミワを結ぶ以外、方法は残されていないようだった。

 ロザリオをともなってのそぞろ歩きは、それなりに楽しかった。考えてみれば、こうして並んで町を歩くのは、初めてかもしれない。いつもひかえめなロザリオが、祭の日のように、目に見えてはしゃいでいた。露店でカワクラゲの姿焼きを買ってやると、子供みたいに喜んだ。

「わたし、前からこれを食べてみたかったんです。でも、父が下品だと言って、許してくれなくて」

 ヒゲ達磨の口から「下品」という言葉が飛び出すなんて、お笑いぐさである。声をたてたぼくの笑顔は、けれど、彼女の背後の店を目にしたとたん、凍りついた。

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