表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/136

9(3)

 ハーミアの眉が、ぴくりと震えるのを見た。

 ミランダの放った炎の竜蛇は、彼女の言うとおり、威嚇程度のもの。対して、禁句によって怒りを爆発させたヘレナは、渾身の力をこめて、青い竜蛇を放った。ハーミアは後者を軽々とかわしたが、前者には、それが「手加減」されていたにもかかわらず、多大なダメージを受けた。

 これが意味するところは、明白だ。威圧するように、ハーミアに歩み寄りながら、ミランダは言う。

「あんたこそ、オツムが足りないんじゃないかしら。わたしがフォルスタッフに心を奪われていると思う? このわたしが、掟を破ったとでも?」

「ではなぜ、わたくしの邪魔をなさるの? フォルスタッフを屠ることは、わたくしたち共通の利害ではございませんか」

 ミランダは立ち止まり、このたびは頭の後ろで一つに括っている、真紅の髪をざわめかせた。怒りの表現である。

「さっきも言ったはずよ。曲がりなりにもこの男は、ながい年月、わたしたちを拘束するほどのミワの持ち主だった。性格は最低だけど、ここ何百年かの魔術師としては、ダーゲルドと双璧をなす、稀代の魔法使いと言えるでしょう」

「だから何だとおっしゃるの? 昔はどうであれ、今ではただの燃えカス。さっさと蹴散らしてしまうのに、何の不都合もございません」

「姦計を用いてまで?」

「トラップと呼んでいただきたいわ。これがわたくしのやり方なのです。ええ、頭を使って戦うのは、骨が折れますわ。ばか力で剣を振り回すだけの、あなたは楽でしょうけど」

「そのやり方が、気に入らないと言ってるの!」

 再び剣が降りおろされた。

 地を走る炎は、新たな一匹の竜蛇と化し、石畳を割りながら、またハーミアを急襲した。風の杖が、まっぷたつに折れるのを見た。悲鳴とともに、ハーミアの体が木の葉のように舞い上がり、路上に叩きつけられた。

「痛い、痛いですわ……もう、おやめください……」

 致命打ではない。やはりミランダは手加減しているが、さっきまでの威勢はどこへやら、たちまち萎れて命乞いを始めるところが、ハーミアらしいといえばハーミアらしい。あれほど追いつめられたにもかかわらず、何だかぼくは可哀そうになってきた。

「もういいだろう。ハーミアを指輪に戻すぞ」

 髪を揺らして、ミランダは振り向いた。わずかに眉根を寄せ、赤い唇を憎々しげにゆがめたが、そんな表情も美しい。何百年見ていても飽きない、いい女だ。

「かん違いしないでよ、フォルスタッフ。あんたを助けるために出てきたと思われては、迷惑だわ」

「この期に及んで、抵抗はしないよ。ぼくを殺したければ、ひと思いにやってくれていい。晴れてきみたちは、自由になれる」

 握手でも求めるような調子で、みずから彼女に近づいた。明らかにひるむ様子が、彼女の表情に見てとれた。

「きみに殺されるなら、本望だよ。ただし、苦痛を感じないくらい、一瞬で焼き尽くしてくれ」

 頬を叩かれた。もし本気で叩かれていたら、ザ・ザの砂漠の果てまで飛んでいたであろう首は、けれどちゃんと載っていた。

「最低。あんたって、本当に何にもわかってないんだから。そんなことをすれば、わたしはハーミアと同類になってしまう。のみならず、ヘレナにも義理が立たない」

「義理が?」

「それ以上言わせないで。最後まで、あんたを一端の魔法使いとして扱わなければ、わたしのプライドが許さないの。もしあんたがザコみたいな死にかたをすれば、わたしまでザコになってしまう。この理屈がわかる?」

「わかるよ」

「それに、わたしがジェシカみたいに鼾をかいて、ダーゲルドとの会話を聞かなかったとでも思っているの? フォルスタッフ、あんたには奥の手があるんでしょう。善鬼とミワを結ぶ方法があるのなら、さっさとそうしなさいよ。その上で、わたしは善鬼を討ちやぶり、お望みどおり、あなたを屠ってあげるから」

 彼女らしい「理屈」である。掟とはいえ、ミワの衰えた生身の人間を屠ることは、彼女の本望ではない。ぼくがみじめな死にかたをすれば、彼女はその程度の魔法使いに、ながい間束縛されていたことになる。

 けれど、ぼくが善鬼を用いて抵抗をこころみるならば、ミランダは善鬼と思う存分闘える。そしてその闘いに勝てば、必然的にぼくは善鬼のエナジーを身に受けて、消滅するだろう。晴れて使鬼たちは、自由の身を獲得するだろう。

 みずから指輪に戻るために、炎の柱と化してゆく彼女を見つめながら、ぼくは戦慄を禁じ得なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ