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 その夜から熱が出た。秘薬も呪文も効かなかった。魔法使いが熱を出して寝込むなんて、不名誉極まりないが、一旦こうなると、常人のカゼより何十倍もキツい。

 老いと肉体の衰えに魔術であらがってきた、その報いに違いなかった。

 ヘレナは献身的に、ぼくの世話をしてくれた。町娘になりすまし、買い物にまで出てくれた。そういう意味では、よいタイミングで体調を崩したのかもしれない。百年も使ったベッドみたいに、体がばらばらになりそうだったが、うんうんうなりながら、ふと目を開くと、心配そうにぼくを覗きこんでいる彼女の顔がある。

 それは何だか懐かしい、人生の最初の頃に忘れてしまっていた感触だった。

「ご気分はいかがですか」

 彼女の掌が、ひんやりと額に触れた。うっとりと目を閉じたまま、ぼくは笑みを浮べた。

「いかがなさいました?」

「もしおまえではなく、ミランダだったらと、思わず考えてしまったよ」

 あり得ない話だが、きっと彼女が献身的になればなるほど、ぼくは灼熱地獄にのたうちまわるだろう。ヘレナは少し淋しげに微笑んだ。

「あの子は、ご主人さまがお考えになるほど、冷酷な娘ではありません。ただちょっと癇症が激しいだけで」

「ちょっと、ね」

 その「ちょっと」で殺されかけたのだが、あえてそれ以上は触れなかった。

「このままでは、いよいよ使鬼たちを封印する力が崩壊するかもしれない。彼女たちが、みずからの力でミワを破るのも、時間の問題だろう」

 ヘレナが何か慰めの言葉を口にしたようだが、よく聞こえなかった。耳鳴りとも異なる。まるで戦場を駆けめぐるガルシアの蹄の音が、耳の奥で入り乱れているようだった。夢かうつつか、ぼくは、かつてぼくが企てた反乱の幻を見ていた。

 百三十年前、王国を震撼させた反乱……

 言っておくが、ぼくは昔から、権力にも金にも興味がない。女は大好きだが、この美貌をもってすれば、まったく不自由しない。ではなぜ反乱に踏みきったかというと、当時の王、ヘネラル四世が気に入らなかったからだ。

 ヘネラル四世は人竜のように強靭な体躯と、サーペントのように陰湿な眼の持ち主だった。王国屈指の剣術使いであり、魔法もよく修していた。権謀術策に長け、戦術の巧みさは、古今のあらゆる軍師を陵駕した。

 王子時代の王位継承権は、第六位。要するに、逆立ちしても即位する望みはなかった。

 にもかかわらず、王宮内で奇怪な変死事件が相つぎ、反乱を計画したの毒を盛ったのと、無実の罪で投獄された者が多く出て、これまでピンピンしていた先王が急に病の床についた時には、ヘネラルの時期国王の地位は、揺るぎないものとなっていた。

 間もなく先王は骨と皮ばかりになって天に召され、王位継承権六位だった王子は、ヘネラル四世として即位した。三十五歳だった。

 もともとぼくには、王宮の権力争いなんかどうでもいい。重税も圧政も、勝手にしろという考え。ただやつは、ぼくの個人的な恨みを買った。

 当時、ぼくの友人である老魔術師が、田舎に引っ込んでいた。かれはとても気のいいやつだった。田舎の民が重税に苦しむのを見かねて、反抗した。もちろん大規模な反乱ではなく、荘官といざこざを起こした程度だが。たまたまその荘官の親族が、ヘネラル四世の後宮に入っており、老魔術師の反抗は王の耳に届いてしまう。

 老魔術師とて、千や二千の軍勢を向こうに回しても、軽く蹴散らす力をもっている。けれど老獪な王は、さらに強力な魔術師を差し向け、ぼくの友人を八つ裂きにした。

 王が差し向けた魔術師こそ、ぼくの師、ダーゲルド・オーシノウだった。

「ご主人さま、だいじょうぶですか?」

 無意識に、歯ぎしりしてしまったらしい。あの時の気持ちを考えると、今でもハラワタが煮えくりかえる。

 だれかが、戸を叩いていた。

「こんな時間に、だれでしょう」

 ヘレナの一言で、また夜になっていることを知った。もはや鏡に魔法をかけて調べる余力はない。休業の札を出している以上、占いを頼みに来る女もいないはずだ。刺客なら厄介だが、かといって、いきなりヘレナを応対に出すわけにもゆくまい。

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