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4(2)

 信じがたいことに、ハンマーの金属部分までが、奇麗に二分割されていたのだ。しかもかれの剣は、すでに鞘におさまっていた。

(これは!?)

 噂にきく、イ・アイル流かもしれない。実際に目にするのは始めてだが、タジール公領のさらに東方で、少数民族が編みだした剣法と聞く。抜く瞬間に、物理法則を越えたパワーが生じるという。

 その民族は、とっくの昔に滅びたらしい。ただ、ザートル・イーチルという名の盲目の達人が、旅を続けながら悪人をやっつける叙事詩が、吟遊詩人たちによって今に歌い継がれていた。

「先に抜いたのは、そっちだぜ」

 大ハンマーに、抜いたも抜かぬもあるのだろうか。緑色の顔をさらに蒼ざめさせて、立ち尽くすゴブリンの後ろから、もう一匹が自身の得物を取りなおすのが見えた。ひとつだけわかっているのは、チャンスが今しかないことだった。

「ザル・ドワール・アム・ドミーム。偉大なる地底の支配者。暗黒の王の御名において、我は望み、我は求む。大地の精霊にして、コボルト族の守護神。ジェシカをここに召還せんことを」

 左の手の甲を目の前にかざし、親指に嵌められた、金雀児色の指輪に口づけした。稲妻のように光がほとばしり、輪踊りする小人たちのシルエットを描くと、やがて一人の小柄な女の姿に凝縮された。

 ジェシカは大鉈を腰のうしろにさしたまま、目の前に立っていた。背丈はぼくとかわらない。肩に触れるくらいの金色の髪は、麦藁のように跳ね放題。広い腰帯の下に、短い布を巻きつけているだけで、野生児めいた、たくましい脚は二本とも剥き出し。片手で易々とハンマーを受け止めた姿勢で、ぼくを振り向いた。

「こんなものを、こんなところで振り回されては、亭主が哀れだろう。フォルスタッフ、あんたときたら、本当に気が利かない」

 と、なかなかの人情派だが、ぼくにはつらく当たる。

「この喧嘩、あたしが買っていいよね」

 ゴブリンどもをさし置いて、意味ありげにヘンリー王を眺めた。剣の柄から手を離し、かれはニヤリとまばらな歯を見せた。ゆっくりと店を出てゆくジェシカの、いかにも無防備な背中を、ゴブリンどもは指をくわえて見ていた。扉がぱたんと閉まる音で、ようやく我に返ったのか、二匹は足音を響かせて駆け出した。扉が粉々に砕け、ヒゲ達磨が悲鳴を上げた。

「その扉の彫り物! 五万ダラントもしたんだぞ!」

 月の光で、店の表は明るかった。

 ゴブリンの一匹は相変わらず鉄槌を、もう一匹はどこで見つけたのか、ごつごつした棍棒を手にしていた。かれらに対峙するかっこうで、ジェシカは腰に手をあて、小首をかしげて、不敵な笑みを浮べていた。首を反対側へひねると、こきりと骨が鳴る。

 こましゃくれた少女のようだと、ぼくは思う。胸当ての下に膨らみはほとんど感じられないが、あらわな臍から腰へかけてのラインは、南方の果実のように充実していた。すべてに均整のとれたミランダとはまた異なり、ジェシカには野の花のような趣きがある。自身の審美眼に満悦していると、彼女にギロリと睨まれた。

「またいやらしい目で見ているな。あとで覚えていろよ」

 こんな体でなければ、弱点を責めてのたうちまわらせてやるのだが。角亀のように、首をすくめる以外なかった。

 二匹のゴブリンは厭な感じの目配せを交わすと、一匹がもう一匹の後ろに隠れた。ジェシカとの距離は、中型の飛竜一頭ぶんくらいか。驚いたことに、同時に駆け出した一挙手一投足が、定規で測ったように揃っているのだ。おそらく彼女の目には、二本の得物を手にした、一匹のゴブリンに見えているだろう。

「はいほおおおおおっ!」

 おぞましい奇声が、月夜にこだまを返した。

 ジェシカは腰を低くして身構えた。大鉈を抜こうともせず、そのまま掌を広げた右手を、前方に突き出した。すさまじい風塊が放たれ、先頭のゴブリンを直撃した……かに見えたが、粉砕されたのは残像に過ぎなかった。信じがたい身軽さで二匹は両脇に飛び退いており、それぞれの得物を振り上げると、頭上からジェシカを急襲した。

 骨の砕けるような、厭な音が鳴り響いた。彼女はそのままゆっくりと、前のめりに倒れた。勝利に酔って、ゴブリンどもが腕を振り上げた。

「はいほおおおおおっ!」

「ジェシカ!」

 駆け寄ろうとしたぼくの肩を、何者かが引きとめた。振り返ると、ヘンリー王が小刻みに首を振っていた。今さら再生の術などかけても無駄だ、というのか。いや、そうではない。かれの視線を追うと、麦藁のような髪を掻き毟りながら、ジェシカが起き上がるところだった。

「眠気覚ましには、ちょうどよかったな。ちょっとは遊んでくれないと、暴れ甲斐がないからねえ」

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