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三匹のザコを表に放り出すのは、たやすかった。もちろん、使鬼を呼び出すまでもない。ぼくはあらかじめ呪文を唱えて、風塊を発生させ、マントの下に隠していた。
案の定、ちんぴらどもは挑発に乗って、いっせいに飛びかかってきた。絵にかいたような単細胞。あとは闘竜士のように、マントをひるがえすだけでよく、三匹は勝手にスッ飛んで行ってくれた。今ごろは七人の常連たちと、仲良く転がっていることだろう。
「何かご意見は?」
ぼくは二匹のゴブリンに微笑みかけた。
よく椅子が潰れないものだ。腰かけている状態で、目の高さがぼくと変わらない。尖った耳。緑色の禿頭から突き出た、三本の角。黒革のぼろズボンだけを身につけ、アクセサリーなのか、それとも鎧がわりか、上半身に太い鎖を巻きつけていた。壁に目を遣ると、二本の巨大なハンマーが立てかけてある。これがかれらの得物なのだろう。
二匹とも、牙が食み出した唇に薄笑いを浮かべ、陰湿な細い目で、こちらを見据えている。その瞳は、金色の光をおびている。手下を瞬時に放り出されたにもかかわらず、いやに落ち着き払っているのが気に食わない。にわかに警戒心が増してゆく中、ようやく一匹が口を開いた。
「ぬしがフォルスタッフか」
これ以上ないほどのしゃがれ声。ひどく訛りながらも、共通語を話したところが意外であり、不気味でもあった。
「なるほどね。どこで聞いたのか知らないが、最初からぼくがお目当てだったのか」
「そぎゃなやん。ぬしがこっつあ、ザ・ザが荒地の、向こうん方から来やった旅歌人から聞きやった。黄金の欲しかるぎゃなやん。ぬしが首をば取ってさらって、お宮ぎゃな持ってきよれば、黄金の蝶の舞うごっつ、黄金の蛇の這うごっつ、宝の村に溢るぎゃなやん」
要するに、ぼくの首を王宮に売って黄金を持ち帰りたいと。
総じて、エルフや魔族は黄金や宝石に目がなかった。自然界の鉱脈は、たいていかれらが守っているし、また人の手によって抽出され、精製され、磨き上げられた貴金属は、かれらの垂涎の的である。けれどそれで商売をする気など、さらさらないらしく、ひたすら集めて喜ぶだけ。時には、どんな手を使っても。
(刺客だったとはね)
単細胞の低地人と、舐めてかかったのがいけなかった。ひとたび狩におもむけば、かれらほど巧妙なハンターはいない。酒場荒らしという餌に、ぼくはまんまと食いついてしまった。ザコを蹴散らしたことでいい気になって、かれらに近づきすぎた。
「はいほおおおおおおっ!」
奇声とともに椅子が振り上げられ、ぼくの頭上に高々とかかげられた。その一撃は、かろうじてかわしたものの、飛び散る木片の中、二匹めのゴブリンが振り上げた大ハンマーが、すでに面前にせまっていた。
やれやれ。
ミワの衰えとはみじめなものだ。一度は王国を滅ぼしかけた大魔法使いが、こんな場末の酒場で、低地人ごときに頭をぶち割られてお陀仏だなんて。しかしまあ、さんざん悪の限りを尽くしてきたのだから、これで正解なのかもしれない。ダーゲルドのように、じわじわと身を蝕まれてゆくよりは……
ぎん、と、金属どうしがぶつかる音が響き、火花が盛大に飛び散った。けれどもぼくの頭蓋骨は無事であり、火花も自身の目から散ったわけではなさそうだ。
「黄金が飲めるかよ。例え王国じゅうの黄金をくれてやると言われたって、わしは今飲みてえんだよ」
呆れたことにヘンリー王は、鞘ごと斜めに持ち上げた剣に片手を添えて、ゴブリンの巨体から渾身の力で降りおろされた大ハンマーを受け止めていた。反動で半鬼はひっくり返り、テーブルを粉砕しながら、床に叩きつけられた。
怒声を発しながら、もう一匹のゴブリンが、車輪のようにハンマーを振り回し始めた。柱が砕け、壁に穴が開き、店全体がぐらぐら揺れた。
「わしの店が、わしの店が!」
ヒゲ達磨の嘆きをよそに、無数の酒瓶が次々と打ち砕かれた。次にビア樽も同じ運命をたどるかと思われたが、信じられない身軽さで後ろに飛び退き、柄に手をかけて低く身構えた。半眼の底が銀色に輝くのを見た。その目は、草地に寝転がっていた隙だらけの酔っ払いとは、別人としか思えなかった。
「天国行きの竜車の切符を。なんてもったいねえ」
いまひとつ意味不明な決めゼリフとともに、剣が抜かれた。銀色の閃光が走り、何かがゴブリンの手を離れて、右と左の壁に、それぞれ大穴を開けた。それがまっぷたつに割られた大ハンマーだとわかるまで、少なくとも四回の瞬きを必要とした。