表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/136

0(1)

  0


 ザ・ザの小砂漠を半分わたったところで、月が二つあらわれた。

 ぼくはガルシアを止めて、斜め前方に起立する岩の上へ目をこらした。蜜蟻酒は好物だが、今夜は一滴も飲んでいない。なのに何度目をしばたたかせても、月は二つあるようにしか見えなかった。

 宮廷の博士どもがこれを見たら、世界の終わりだのアル・ル・タジール王国の破滅だのと、大騒ぎしたに違いない。

 もっとよく見るために、ガルシアから下りて、さらに数歩あゆみ寄った。

 風がぱたりと止んでおり、マントは少しもはためかない。空気は澄んでいて、星が瞬くさまがよくわかる。こんな夜なら、あのいやらしい砂蟹どもが這い寄ってきたとしても、気配でわかるだろう。ぼくだって、一晩かけて骨にされるのはごめんだ。

 眺めているうちに、月の一つが瞬きした。

「円眼鬼か」

 そんなことだろうと思った。どこの誰かは知らないが、趣味のよくない術者が放った使鬼ではないか。

 もちろん円眼鬼がザコだというつもりはない。こいつを使いこなす術者は、かなり強力なミワの持ち主でなければならない。とはいうものの、

(趣味がよくないんだよね。古代語を使えば、スタイリッシュじゃないってことさ)

 あんなごつごつした化け物と、自身のミワを同調させるやつの気が知れない。

 円眼鬼は筋肉隆々・フンドシ一丁の巨人で、つるんとした頭部のてっぺんから、フィン族みたいな辮髪をたらし、鼻も口もない顔の真ん中に、巨大な真円形の眼をそなえている。ばかでかい斧を所持しており、五マリートくらいの岩ならば、一撃で打ち砕く。

(まったく、趣味がよくないんだよね)

 溜め息をついた。

 ちなみにぼくが命を狙われる理由なら、星の数ほどある。三百年ほど生きてきたが、悪行三昧の人生であった。もっとも、最近はさすがにミワの衰えを感じて、ずいぶんおとなしくしているが。全盛期には、アル・ル・タジール王国を滅亡寸前まで追いこんだこともある。

「トシはとりたくないものだな」

 自慢じゃないが、見た目は若い。花も恥らう紅顔の美少年。そのじつ、厚顔無恥な老魔法使いなのだけど。

 再び月が瞬いた。やれやれとつぶやきながら、ぼくは左手の指を伸ばし、手の甲を面前にかざした。五本の指には、それぞれ五色の石をあつらえた指輪が嵌まっている。親指から始めて、黄、赤、紫、青、緑……痛みを覚えたように、ぼくは眉をひそめた。

 めまいがする。

 いよいよミワが使鬼の霊力に、耐えきれなくなっている証拠だ。

 こんなことなら、剣術使いの護衛でも雇っておくべきだったが、筋肉隆々・フンドシ一丁の刺客を前にして、今さら悔やんだところで始まらない。ぼくは右手の人さし指に中指を添えて、指輪の一つに触れた。刺すような痛みとともに、黄金色の火花が散った。

「アール・ミーム・ミール・ワーフ。偉大なる夜の支配者。暗黒の王の御名において、我は望み、我は求む。炎と血の精霊、サラマンドルの眷属。ミランダをここに召還せんことを」

 指輪が灼熱し、閃光が弾けた。

 紅蓮の炎が噴出し、中空で渦を巻いた。

 炎はのたうちながら蛇と化し、トカゲと化し、やがてほっそりとした一人の女の姿を描いた。腰まで届く真紅の髪。額と首と左腕に巻かれた黄金の飾り輪。美しい体の線もあらわな赤いドレス。そのスリットから、ほっそりとした脚を覗かせている。

 ミランダは左手を軽く腰にあて、右手に炎の剣を引っさげて、中空から青い瞳でぼくを見下ろした。

「あそこにいるの、円眼鬼でしょ。いやよ、わたし。フンドシ野郎の相手なんて」

 ミワが弱まると、使鬼もやたらと反抗的になってこまる。全盛期にはずいぶんいたぶって、いや、可愛がってやったものなのに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ