奇妙な生物達との出会い
突然、正面のモニターにそれまでは見えなかった大きな漆黒の陰が横切ったような気がして、
「あっ!」
と思わず私は声を上げてしまった。
その声が引き金になったのだろう。気が付くとジョナサンもポールも前方へ顔を向けていた。
また、ライトの輪の中を黒い魚影が横断した。しかも今度はかなり近い所を、である。だから私達ははっきりとその正体を見定める事が出来た。鮫である。
丁度ミドルサイズのセダンの全長と同じ位、5m程度の普通の大きさの鮫が私達の前を悠々と泳いでいた。
左後から見た所為か、それとも下から明かりが差し込んでいるとはいえ辺りが真っ暗である為か、目がはっきりと視認出来ない事が気になったが、まあ特に気にはならなかった。ただの深海型の古代鮫だと思ったのである。
だが、私のその思い込みは、その鮫が此方を向き、にらめっこするように正面から向かい合った時に脆くも打ち砕かれた。
どういう訳か大きく鰓の付近まで裂け、鮫特有の鋭い歯がびっしりと並んだ口の直ぐ上に、大きな黒い目が一つ、此方をじっと見つめていた。
「何だ……これ?」
思わず声が漏れた。
「奇形かな?」
と、私の言葉を受けるようにジョナサンも呟いた。王林はただ黙って前方を凝視しているが、それでも幾許かの驚きは隠せなかったのか、平静を装いつつも驚愕している様に感じられた。
ところでポールは何処に行ったのだろう?さっきまで私の背後で一緒に息を呑んでいた筈の仲間の姿が急に見えなくなった事が気に掛かった私は、思わず上体を左後に捻ると後ろの座席の足元の方を覗き込んだ。
そこには、膝を抱えてブルブルと震えながら必死に神への祈りの言葉を唱えている、何とも言えない情けない格好をしたポールがいた。
「どうしましたか?ポール。」
と、思わず彼に声を掛けると、彼は私に向かって蚊の鳴くような声でこう返答した。
「私は……、私は幽霊とか化物の類が苦手なんだ……。」
「そうですか……。」
私は納得しつつも少しだけ意外に思った。イギリス人といえば、妖精等を未だに目撃する人が後を絶たないようなファンタジー世界のメッカであり、幽霊が出るというだけで不動産の市場価値が跳ね上がるような、幽霊とかお化けとかが大好きそうな国民という印象が強かったのだが、中には彼のようにそう云うのが苦手とする人が居るという事が何だか不思議に思えたのだ。
ただ、居ても別におかしい事では決して無かったので、私はそれ以上言及しなかった。
この後もオパビニアを彷彿とさせるような五つ目をした鮫や、三つ目の鮫、長さ50m以上で直径が1m近くある目が退化して無くなってしまったような巨大な白い海蛇、ダイオウイカなど比でない位の巨体を持ったイカやタコなど、珍奇を極めた化物のような動植物達が私達の前に現れた。
どうやらこの新世界は、地上では古生代以上の昔に潰えてしまった、もしかしたら存在したかも知れない、パラレルワールド的な進化の一端を私達に提示してくれている様に私には感じられた。そしてとても興味深く思った。
始終ガクブルと震えて文字通り丸くなっていたポールには申し訳ないが、これらの珍妙な怪物達など、迫力と凶暴性という観点から見ればまだ可愛い物に感じた。
今から考えれば、たとえ名残惜しくとも、あの辺りで引き返せばああいう目には遭わなかっただろうと思う。しかしながらこの時の私達は、やるならとことん調べられるだけ調べてやろうと躍起になりながら前進を続け、そして出会ってしまった。あの『おきな様』に……。