未知との遭遇
どんどん降下して行く、もう計器上は海抜-2万kmを超えているがまだ底に着く気配は一向に感じられない。
ただ、先刻とは違って確実に近付いている所為か、段々と光の正体が判ってきた。マグマである。地殻を揺るがす灼熱のマグマが、海水のすぐ下で太陽フレアのように猛烈な熱と煌々と赤く輝く炎を発しながら見渡す限り新世界の底を埋め尽くしていた。
よく考えれば不思議な光景である。何せここは地上ではない、海水で満たされた空間の中である。普通ならマグマが急冷して真っ黒な玄武岩や灰褐色の花崗岩に変化するか、水が急騰して熱い水蒸気に変化するか、何れかの状態になるだろうが、今私達の目の前には、沸々と煮え滾った溶岩の上に静謐なる暗黒の水が載っていた。目視での計測だが、マグマと水の境界面の深さは、平均して海抜約-5万mである。恐らくこの深さまでの水圧になれば、水の沸点も優に数千度にまで跳ね上がるのだろう。理屈としては理解出来ても、実際にその神秘的な光景を目の当たりにすると、私はどこか胸が熱くなるような感じがした。
更に底の方へ近付くと、例の黒い靄の正体も発覚した。
それは大量のハオリムシだった。チューブワームと言えば聞き覚えのある人も多いかも知れない。深海の海底火山の熱水噴出孔の付近で群生する、硫化水素を鰓から取り込み、体内で共生する硫黄酸化細菌によって有機物に変換して生育し、岩などに石灰質の筒を造ってその中で固着しながら群生している、あの変な生き物である。
ただし、今私達の眼前に現れた数え切れない位大量に群生しているそれは、私達がよく知るものとは異なり、石灰の筒を持たずに海月のように浮遊している生物だった。恐らく下が溶岩で着床する事が出来ない為に、幼生時と同様に浮遊生活をし続ける事を選択した種なのだろう。
このハオリムシ以外にも、珪藻や円石藻といった古い時代の原始的な藻類やプランクトンが大量に浮遊しているようだった。特に藻類は、マグマが吐き出すリン酸や二酸化炭素を吸収して光合成をする事で、この新世界に大量の酸素を供給しているようだった。
私達は録画ボタンでこれらの風景を記録しながらも、酷く興奮していた。特にジョナサンやポールは小躍りまでして喜んでいた。
だってそうだろう。目の前には漆黒の水に包まれた赤く輝く位熱せられたマグマという、今の今まで誰も見る事が叶わなかった不思議な光景が何処までも広がっている上に、新種の生物まで大量に発見してしまったのである。
新世界。ただ漠然とそう呼ばれていたものが、地学的・科学的・生物学的な分野に於いて本当に新たなる開拓地となった瞬間だった。
私達は更なる調査をする為に、新世界の奥へどんどん進む事にした。