新世界
闇だ。
まるで、ピラミッドの墓所の通路の如く急な角度のスロープを形作りながら、洞窟は下へ下へと確実に深度を落としていた。
今の所特に生物らしき影は何処にも見られない。だが、まるで本当に生きているかのように、中から外へ、逆に外から中へと洞窟の中を往復するように海水が流れている事が、船体の左右の側面に直線上に多数のセンサーが設置され、コンピューターで瞬時に水流や水圧や水温等様々な情報を瞬時に計測して同期的に一括して管理出来る側線観測システムが弾き出したデータによって判明した。
「ひょっとして、さっきから聞こえていた音はこの音なのだろうか?」
私が無意識の内にそう独り言ちると、
「さあな。だが、あの音はこんな規則的な物じゃなかったぞ?」
と、半ばムキになっているのか少し声を張り上げながらジョナサンが答えた。
「どっちにしろ、さっきから生物の『せ』の字も見えないんだが……。本当に生物がいるのかな?このまま下がるだけ下がって行き止まり、なんて事はないよね?」
今の時点で海抜-1万5千kmを大きく超えているので、この時点で十分快挙ではあるのだが、未知の生物を期待してやって来た以上、やはり何も居ないと云うのは非常に残念でならないので、私は思わず不安を口にした。すると、ポールが私に振り向いてこう言った。
「それはないだろう。生物の存在は私にも判らないが、少なくともこのまま行き止まりと云う事は絶対に無いと断言出来るぞ。定期的な海流の流入がある以上、この洞窟は何らかの空間と通じている可能性が高いと思う。」
その時、計器が示す数値が突然激しく変化した。海水中の二酸化炭素や二酸化硫黄、リン酸化合物の含有量が激増したのである。どうして急に数値が変化したのか、その理由は判らなかったが、兎も角リン酸化合物が豊富に存在するというだけで、少なくとも私は生物が存在する可能性が大きくなったと判断した。
突然、
「あっ!」
と驚く声が船内に響き渡った。すぐさま声のした方、コクピットのモニターを私とジョナサンとポールは一斉に振り返った。
いつも寡黙で冷静な王林が大声を上げた事にも吃驚したが、それ以上に彼が取り乱した所を初めて見たので、彼にそこまでさせるのが何なのか気になった私達は、コクピットに近付いてモニターを覗き込んだ。
何時の間にか洞窟のトンネルは収束し、私達はどこまで広がっているのか判断出来ない程広大な空間に飛び出していた。前方だけでなく、上にも底知れぬ闇が続いているように感じた。
ただ、下の方、暗闇の遥か彼方に赤や黄色な光が何処までも広がっている様が見て取れた。
何かが有るのか、それとも居るのか、時々黒い靄のような物が所々でその光を遮るように広がりながら彼方此方に移動しているように感じられた。
思い掛け無いものを見て茫然自失したが、我を取り戻すと、私達はこの空間の下方に見える赤い光源と靄の正体を確かめる為に、王林に指示してネオ・ノーチラス号の鼻先を下へ向けると、一向下降し続けた。