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新世界へ

 2015年8月16日某時刻、私達4名を乗せたネオ・ノーチラス号はマリアナ海溝の最深部、前年のエイプリルフールに発見された新世界への入り口へ向かって、一寸先も判らない位不気味な闇に覆われた深海の中を真っ直ぐ降下していた。

 船体に付けられたライトとカメラによって200m先まで明るく照らされた映像が四方のモニターに映っている事は映っているが、あまり意味を為してはいない。

 ただ、それでも時折海月や深海鮫のような深海生物が潜水艦の傍を横切っていくのがモニターにチラリと映る。ド直球の専門分野であるジョナサンはもとより、一応研究分野としている私まで釣られて興奮しながら、魚影がちらつく度に盛り上がった。


 どの位経っただろうか、やがて闇の中に段々と岩肌の陰が照らし出されて来て、ネオ・ノーチラス号はマリアナ海溝の谷底まで降り立った。

「プレートの沈降の影響で、この辺りも大分地盤が沈下してしまったみたいだな。恐らくその影響で土砂が崩れるなりして、今まで気が付かなかった洞窟穴が露出する事になったのだろう。」

と、やっと自分の出番が来たとでも云うように、ポールは尤もらしく難しい顔をしながらも、少し考えれば誰にでも見当が付く見解を滔々と私とジョナサンと王林に話して聞かせた。


 その時突然王林が、

「見えました。……新世界の入り口です。」

と、抑揚の乏しい声で王林がコクピットから我々に声を掛けた。

 その声をきっかけに私達は前方のモニターへ視線を移し、そして目の前の光景に息を呑んだ。


 ただでさえ濃い藍色に染まった海溝の谷底の崖に、下に向かって何処までも続いている、まるで吸い込まれそうにも錯覚してしまうような、漆黒の闇を内包した高さ30m、幅50mはあろうかと思うトンネルのような大きな穴がポッカリと空いていた。

「凄いな……、これは……。」

私は思わず言葉を失った。ジョナサンもポールも溜息を吐くばかりで何も語ろうとはしなかった。王林は先程からずっと静かに前方のモニターを見つめているが、きっと彼も内心では驚いているのだろう。普段より少しだけ表情が強ばっている様に私には思えた。

 兎も角その場にいた全員が、たまたまプレートの変動で土砂崩れが起きて穴が広がったからといって、今の今までこんな大きな空間が発見されていなかった事に心底驚嘆していた。やはり深海は地球最後の秘境とはよく言ったものだ。全くもって未知の神秘に満ち溢れている。

 しかも、これから我々が進もうとしている先は、これまで全く人類が知り得なかった領域である。一体どんな不思議な風景をこの新世界は見せてくれるのだろう。そう考えると、私は高揚のあまり胸のトキメキが止まらなかった。


 暫くそうして洞窟の前で佇んでいると、

「王林、集音マイクを洞窟の中の方へ向けてくれ!」

と、急にジョナサンがコクピットの方へ声を掛けた。

「いきなりどうしたんだい?ジョナサン。」

と訊ねると、彼は笑いながら私に向かってこう言った。

「見ての通り、王林に頼んで洞窟の中の音を探るのさ。」

 成程、目の前の光景に興奮するあまり頭の中からすっぽりと無くなっていたが、私達がこれから向かう所は、未だ人類が足を踏み入れた事がない新世界なのである。何が飛び出してくるか分かったものではない。確かに人類未踏の地に向かうのに警戒もせずに丸腰で入り込むなど愚の骨頂と言えるだろう。

「何が居るか判ったものではないからね。確かに物音に注意する事は大切だ。」

「違うよ、洋三。何が居るか?じゃない、何が居るか!だ。」

 私はジョナサンが言った意味が理解出来ず、不覚にも彼の顔を凝視した。そんな私を冷やかすように悪戯っぽく笑いながら彼は続けた。

「あっただろう。この奥から不審な物音が聞こえる、という報告が。この奥には確実に何かがいる。何かは判らないが、確かに生物がいると思う。それが何なのか?どの辺に潜んでいるのか?入る前に確かめておきたい。」

 そう言うと、彼は人差し指を口の前で立てて静かにとジェスチャーをし、そのまま黙り込んだ。


 私達は洞窟の前で微動だにせぬまま、船にあったヘッドホンを座席の肘掛けの録画ボタンの近くに付いていたマイク・ホン用の端子に接続すると、集音マイクが捉える音にじっと耳を澄ませた。


 最初に気が付いたのはコクピットに居た王林だった。

 彼は急に肩を小刻みに震わせると、突然ヘッドホンから漏れる音の音量を最大まで一気に上げた。

 突如ヘッドホンから聞こえていた海流などのノイズ音が大音量になったので吃驚したが、お陰で私にもその異様な音をはっきりと聞く事が出来た。

 グウォオオオオオオ……グロロロオオオ……と響く、腹にドサリと来るような低くて重い不規則な唸り声が、波打つように大きくなったり小さくなったりしながら耳に届いて来るのが微かに感じられた。かなり遠く下の方にあるが、確実に生物が泳いでいる気配がありありと感知された。

 私は確認する為にジョナサンの方へ顔を向けた。彼もまた、私の方へ振り向いていた。私達は互いに頷きあった。


 ふと後ろを振り返ると、ポールがその身に不安そうな雰囲気を纏いつつ、厳しい表情で前方のモニターを睨んでいる事に私は気が付き、覚えず彼に声を掛けた。

「どうしたんです?マーケッテュリー教授。」

 冒険の終わりの方こそ、私はジョナサンのように彼の事をポールと呼び捨てにすることが出来たが、当初は彼が15も年上の年配者で、ケンブリッジ大の教授だった事もあり、尊敬と畏敬の念を込めて敬称で呼んでいた。だが、彼は肩書きに見合わず茶目っ気があるフレンドリーな性格の人だったので、窮屈に思われるのが嫌だったのか、苗字に敬称を付けて呼ばれる事を嫌っている気があった。

「ポールでいいよ。洋三。」

「すみません、ポール。……どうかなされたのですか?」

 すると、彼は精神的な何かを隠すように大きく首を横に振ると、勇ましい声でこう叫んだ。

「何でもない!武者震いだ。さあ、諸君!行くぞ、新世界へ!」


 これが私達にとって鶴の一声となった。王林は操縦桿を操作すると、ネオ・ノーチラス号は洞窟の内部を強烈に明るいライトで照らしながら、吸い込まれるように洞窟の闇の中へ飲み込まれて行った。

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