ネオ・ノーチラス号
港に止まっていた米軍の超大型原子力空母の船底にある広大な格納庫に安置された、暗闇の中で純白に輝く巨大な原子力潜水艦を目の当たりにして息を飲む私とポールに向かって、
「どうだ!驚いただろう。これが現時点で最先端の原子力潜水艦、『ネオ・ノーチラス号』だ。」
とジョナサンは悪戯っぽく笑いながら得意気にそれを披露した。
確かにそれは『凄い』の一言に集約されるべきものだった。
形こそよく見かけるような普通の潜水艦のような形状をしていたが、目を見張るのはその大きさである。全長120m、全幅12m、全高20mはあったろうか、工学部でも機械制作や設計に関しては全く明るくないので、この艦の排水量や吃水線の高さ等を窺い知る事は出来なかったが、兎に角空母に艦載出来る潜水艦の大きさに関して言えば世界一と言っても過言ではない位巨大であるという事は理解する事が出来た。
しかもこれ程の巨体なのにも関わらず、6人しか乗れないという事にも驚いた。何でも3万m相当の水圧にも耐えられる様に設計されているのだそうで、船体の殆どが未だ人類が経験した事がない未曽有の仮想水圧に対抗する為の隔壁で覆われているそうである。それだけでなく、最大1万度まで耐熱性能を持つ特殊断熱材、大きな酸素ボンベや頑丈な燃料容器、食料の備蓄庫等を設けている所為で、実際に人が居住できるスペースは雀の涙程度しか無く、乗員は船体のあらゆる所に取り付けられた各種カメラによって外界の情報を把握し、操船や観測を行う仕組みとなっていた。
正直に言って、最大推進速度100ノットというスピードが、原子力潜水艦の中でどの位速いものなのか、私には見当が付かない。ただ、よくこんな途轍もない物をこんな短期間で造り上げたなあ、というのがこの神々しい程に美しい白い船体に対して抱いた私の印象だった。
頭頂部の円筒状のハッチから梯子を伝って艦内へ乗り込むと、前方に大きな80インチ位の有機LEDの黒色の薄型モニターと、各種操縦桿と計器類、10インチのモニターとキーボードが付いた黒い色をしたダッシュボードとバケットシートからなる、まるでアーケードゲーム機の様なコクピットと、その後ろに2脚ずつ左右に向くように背中を合わせて設置された4脚のバケットシートと、1脚だけ後ろを向いたバケットシートが備え付けられていた。どのシートも部屋の内装の色と同じ純白をした革張りの上等な物だった。
あまりにもその部屋の中の印象が真っ白であった為に、少しでも汚れたら物凄く目立つのだろうな、と部屋の中を見渡しながら私は思った。
その部屋には、前方にある操艦用のモニターの他に、同じ様な100インチの横長のモニターが左右に1つずつ、後方にある隣室との扉の上に20インチのモニターが1つ、壁に取り付けられていた。
「このモニターがこの艦の窓兼ビデオカメラの代わりになるんだ。ほら、シートの肘掛けの所に丸い赤い押しボタンが付いているだろう?これを押せば目の前の景色を録画する事が出来るんだ。」
と、ジョナサンは得意気に私達に説明した。
メインルームから後ろのドアを通って隣室へ足を進めると、そこはやや緑が入った白い色で部屋中が塗られた、妙に落ち着かない部屋だった。
部屋のど真ん中に奥に向かって長くなった遊戯台のような細長い固定式のテーブルと6脚のパイプ椅子が置かれ、それを挟むように2台の鉄製の三段ベッドが両側の壁に張り付くように設置されていた。
「ここが、寝室兼ダイニングだ。」
と言うジョナサンも分かっているのだろう。さっきまでとは違って歯切れが悪い様に私には感じた。内装のセンスの気持ち悪さ以前にこの部屋にはプライベートという概念が希薄過ぎる。せめてベッドくらいはカーテンで目隠しが出来る様にして欲しかった。テーブルだって遊戯台の様だと言えば聞こえは良いが、どう見てもビリヤード台と云うよりは手術台だと言われた方がしっくりと来る。メインルームがリムジンの様な豪勢な雰囲気であった分この部屋の野暮ったさは凄まじかった。
よく見るとテーブルの向こう、正面の壁向かって右端の所にも、さっきと同じ様に壁と同色に塗色された薄い鉄製の飾り気が一切無い扉があった。
扉を開けて先に進むジョナサンの後を付いて中に入ると、そこは何処も彼処も灰褐色に塗られた殺風景な廊下だった。長さ10m弱の廊下の左側には3枚の扉が並び、それぞれ手前からランドリー兼リネン室、シャワールーム、トイレに続いている。突き当たりにある扉を通れば、食料等を保管する倉庫や機械室に通じているそうである。
これが、私が知る限りのネオ・ノーチラス号の全貌である。この艦にはスーパー・コンピューターによる自動修復機能が装備されていたし、冒険の間ネオ・ノーチラス号が故障した事は一度も無かったので、機械室や動力機関が具体的にどうなっているのか私には解らない。ただ、無駄に頑丈な船だったな、というのがあの冒険を終えた後の私の感想だった。少なくともあの『おきな』様の腹に飲み込まれても、その機能を失わずに乗員を守りきったのだから、たいしたものだと思う。
ジョナサンの話によると、我々が今搭乗しているこの空母にネオ・ノーチラス号を艦載したまま太平洋上を西南へ進み、途中ホノルルで寄港した後、マリアナ諸島へ向かい、最深部付近に到達してから、ネオ・ノーチラス号を空母から切り離し、新世界へと出発するという事だった。
そしてその数日後、各種点検や準備を整えた後、私達はネオ・ノーチラス号ごと空母に乗せられて、新世界へ向けて出港した。