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その時、世界が震撼した

 あれはそう、今から12年前、2014年の4月1日の事だった。その数年前に、日本やニュージーランド等で起こった大震災に呼応するように発生したフィリピン海プレートの大変動によって、マリアナ海溝の地形が大きく変化してしまった為、米海軍が超小型高性能無人潜水艇を使って大規模な地形調査を行っている時にそれは発見された。

 それは海底の深い谷底の壁にポッカリと口を開けた、大型の原子力潜水艦でも十分入っていけそうな程大きな洞穴だった。その大きく開いた漆黒の空間は何処までも、何処までも下の方に向かって落ち込みながら広がっている様だったという。


 その事実が米軍から発表されるや否や、瞬く間にスキャンダルなニュースとして全世界の人々の知るところとなった。


 無論、主に海洋関係の学者を中心に途轍もない議論が巻き起こったのは言うまでもない。

「新世界の発見だって?馬鹿馬鹿しい。どうせエイプリルフールのつまらないネタだろう。」

と、ある学者は一蹴した。

 また別の学者は、潜水艇がマイクで洞窟の奥底から響く正体不明の怪しげな音を拾った、という報告を受けて、

「ひょっとすれば、ひょっとすると、あの奥に未知の生物がいる可能性が高い。調査をするべきだ。」

と提言した。


 何はともあれ、至急に調査を始める事には一応皆が同意した。しかし、実際にそれを始めるに当たって様々な問題が山積みにされていた為に、遅々として一向に調査は行われなかった。

 というのも、洞窟の広さが予想以上に広大な上に、どういう訳か電波の干渉を受けてしまい、その所為で長距離での遠隔操作を行う事が不可能である事が判った事。また、有人機で調査隊を編成しようにも、洞窟の中の環境が殆ど窺い知る事が出来ない為に、安易に調査団を派遣するのは危険だと判断された事。しかも何か異変が起これば即、死に繋がりかねないという意味で宇宙と同じであるという、場所が場所だけに進んで行きたがる者が皆無だった為、調査しようにもしようがないという状況だった。


 そんな中、敢えて自ら挙手して名乗りを上げた馬鹿者が現れた。ハーバード大一の変わり者と称される、深海の生物を主な専門分野にする海洋生物学者のジョナサン・リッチバーグ博士である。

 ジョナサンは、その情熱と猛烈な好奇心によって、資金のスポンサー、潜水艦の提供、そして共に調査に当たる冒険者達を、たった一人で全世界に向けて急遽募集したのである。


 その頃、私は日本のある国立大学で、名目上は講師として学生たちを相手に教鞭を執るしがない海洋学の研究者だった。だが、工学部なのにやっている事は工作や物理化学の研究ではなく、しかも海洋生物から海底の地形や地質に至るまで、多岐多様に渡る膨大なテーマを包括的に研究するという中途半端さから、私の講義やゼミを受けようとする学生は一握り程度も居るかどうか分からぬ程に少なく、しかも小さな部屋とはいえ、一端に研究室を大学から与えられていたから、他の同僚の先生方にも白い目で見られて、はっきり言って私は閑職に追いやられていた。大学院で博士号を授与された時の純粋な気持ちは何処へ行ってしまったのか、その頃の私は仕事が上手くいかない所為でかなり荒んでいた。

 だからだろう、同僚の講師で同じ三十路に差し掛かった古代生物学の古谷博士から、

「おい白石、面白い物を見つけたぞ。ちょっとこっちに来て見てみろよ。」

と、彼の研究室に誘われ、調査団のメンバーを募集していたジョナサンのFace bookのページを見た時、私は何故かこれに参加できるのなら参加してやろう、という気分になった。


 今から考えれば、自暴自棄になったあまり怖い物知らず、というより向こう見ずな性格になっていたのかも知れない。いや、嘗ての自分のように、この未知なる世界への誘いに純粋な好奇心から乗ってみようと思ったからかもしれない。

 兎も角、その時の私は急いで古谷君の部屋から自分の部屋へと翻すと、研究室に置いた自分のノートパソコンを起動させ、ファイアフォックスを使って自分のフェイスブックのマイページを開け、検索によってジョナサンのマイページを発見した途端、後先も何も考えず、英文で自己紹介文と共に彼の調査団に加入したいと希望する旨を書き込み、勢いで応募してしまったのだ。まさかあんな体験をする羽目になるとは思いもせずに……。


 一月後、彼からの返事は意外に早く来た。どうやら私を除く他はイギリスから一人応募があったきりで、殆ど誰も彼の呼び掛けに反応しなかったから、私達を調査団のメンバーとして喜んで迎え入れる、という旨が書かれたEメールが私の大学のメールボックスに送付されていた。

 すぐに返信して感謝の意を述べ、何時出発する予定なのかを訊ねると、

『残念だが、何時出発出来るのかは、まだ判らない。』

という返事が来た。どうやら、資金や潜水艇等の提供者が現れない事で暗礁に乗り上げ、計画が頓挫し掛けているらしかった。

 私は、微力ながら力になりたい、と申し出たものの、大学の一研究者が出来る事など高が知れる。特にこれといった事が出来る訳も無く、五里霧中な状態のまま月日だけが流れて行った。


 忘れもしない、2014年12月25日の夜だった。家から大学のメールサーバにアクセスしてメールのチェックを行っていると、メールボックスの中にジョナサンからのメールが届いている事に気が付いた。

『メリー・クリスマス!洋三。

 聞いてくれ!素晴らしいクリスマスプレゼントが我々に届いたんだ!

 驚くなよ?私達に資金を提供してもいいというスポンサーが現れたんだ!それも二人も、だ。一人はムハンマドと云って、アラブの石油王だ。もう一人は李 一飯という中国の富豪だ。だから我々が金の心配をする心配は一切無い。心置き無く調査に専念する事が出来るぞ。

 それだけじゃない。何と米国海洋科学技術研究所が、我々の為に日本と協同で開発中の最新鋭の原子力潜水艇を供給してくれる事に決まった。スポンサーの李氏の意向で、遼という中国人が航海長となって、今訓練を受けている。早ければ来夏にでも出発する事が出来るぞ。』

 意訳するとこんな感じの事が英文で書かれていた。ジョナサンが一体どんな方法や伝手を使ったのかは定かではないが、相当の苦労と努力の末に勝ち得たのだろう。彼のメールの文面からは、興奮覚め止まぬ彼の様子が手に取るように判った。

 彼の興奮がメールを通して伝播したかのように、私は久々に心を昂らせていた。


 そして、翌年の7月初旬。万端の準備を整えた私は、家族や同僚達数名に見送られながらアメリカ合衆国のロサンゼルスへと旅立った。

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