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帰還

 おきな様の口内で、剣のように鋭く尖った歯の攻勢を辛くも交わした私達は、噛み砕かれた他の生物の肉塊と共に食道らしき器官の体腔の中をゆっくりと流れていった。

 正体不明の化物に船ごと丸呑みされるという絶体絶命な状況にあるのにも関わらず、分類学や生物学を専攻研究している者の性なのか、操縦桿を握る王林を覗いた我々3名は、取り敢えずおきな様の体の内壁や消化器の造りから、これがどういう種類のどんな生物なのかを解る範囲で解析する事にした。

 今のところはっきりしたのは、この巨大生物が顎を持ち、巨大な8枚の鰓で呼吸をする、敢えて我々が知る限りで分類するとしたら硬骨魚と称せる動物、と云う事位である。脊椎を持った魚類である事には違いないが、特に頭部が際立って目立つ異様な外観、上顎と下顎に形成される、まるで鮫などの軟骨魚類のそれを思わせる歯の形状と異常なまでに多いその本数。フィルター状の薄い肉の繊維で簡易的に保護されているだけの巨大な鰓……。枚挙に暇がないが、少なくとも私が知っている硬骨魚とおきな様は似たようでその実とてもかけ離れた物だった。


 しかもその消化器の造りはとても不思議な構造をしていた。ただ容積が馬鹿でかいだけではない、小腸や十二指腸や大腸、その他名称役割共に不明な有象無象の消化器官だけでなく、ネオ・ノーチラス号がその強固過ぎる装甲をもってしてやっと耐えられるようなpH値が0.0001と極端に低い硫酸と塩酸の混合液の中ですら、栄養分を摂取しつつ宿主の消化酵素の働きを補助しているような、おきな様と相利共生している寄生生物がうようよと生息していた。その数およそ数百種類。その中の殆どはある種の節足動物やミミズやゴカイのような環形動物、プラナリアを彷彿とさせる扁平動物など自由運動能を持つ独立生物だったが、極数十種類の生物はイソギンチャクやホヤのような消化器の内壁にへばりついている固着生物だった。中には、どう考えても血管や組織を宿主と共有し、おきな様の体の一部の如く完全に一体化している物もあった。

 強いて言えば、胃や腸の内壁や、それに空いた穴から、どう頑張って観察してもその消化器の上皮組織の一部分だとしか思えないのに、まるでそれ自身が意志を持つように動く触手や、口や目があってパクパクと動かしている突起状の何かが色んな所に沢山ある、と云う感じだろうか。はっきり言って不気味だった。


 こうしておきな様の体内を漂流している内にとうとう肛門から排泄物と共に排出される瞬間が訪れた。


 山津波で発生した土石流に巻き込まれたように、大量の大便に押し潰されながらネオ・ノーチラス号はおきな様の体の外へと噴出された。

 その時、勢いと角度が災いしたのだろう。

 深度を調節するために水を貯排水する為のタンクが破損して水漏れを起こしていたネオ・ノーチラス号は、深度約5千mの深海から海表面へ向かって、まるで太刀魚の如く船首を天へ向けてものの2分で浮上した。

 そのGの勢いは凄まじく、体重が軽い方だった私とジョナサンと王林の物は何とか耐えられたが、ポールの座っていた座席のシートベルトは、彼の体重が積算された重力のエネルギーを受け止めきれずに弾け飛んでしまい、その所為で彼は席から転落し、壁に激しく叩きつけられてしまった。

 こうして、ポールはこの時に受けた全身打撲の重症により、更には救助が遅れて適切な処置を受ける事が不可能になってしまった為に、昏睡状態に陥った末に亡くなってしまった。


 結局我々は、北アメリカ大陸南東部のバミューダ・トライアングルと呼ばれる海域で漂流していた所を近くで航行していた貨物船によって発見され、その船に保護された。

 その後私達はフロリダ州のマイアミへ上陸し、紆余曲折を経て旅の出発地であるロサンゼルスへ帰還した。2015年の8月31日の事だった。


 こうして、何だか夢心地のまま、私の冒険は呆気無く終焉を迎えた。あれから10年以上経ったが、未だに新世界の詳細な解析は進んでいない。勿論、あのおきな様の招待についても謎のままだ。


 一応学会や政府機関に今回の冒険の成果について静止画や動画と共に報告書を提出したものの、あまりにも荒唐無稽である為に、この十年間、私はこの話を学生への講義の時ですら話題にした事は殆ど無い。

 ただ、今回。何処かで噂を聞きつけたのか、ある出版関係者から記事にしてみないかと打診された。この場を借りて、このような機会を与えてくれた事を御礼申し上げる。


 願わくは、このような与太話に興味を持ってくれる人が有らん事を……。


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