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おきな様

 それは突然私達の前に現れた。

 最初、私はそれを直感的に龍だと思った。というのも、前方のモニターいっぱいにエメラルドグリーンに鈍く黒光りする黒鈍色の鉄片の大きな鱗で覆われた奴の胴体の極一部が視認されただけだったからだ。


 まるで核膜に包まれた真核生物のDNAのように丸い球体を描くようにぐにゃぐにゃと長い胴体を絡ませて丸まりながら、それは激しく動き回っているように私達には見えた。


 目測で測る限り、胴体の直径は50m超、全長は……判らない。少なくとも1km以上はありそうな、馬鹿でかい瓦のような金属の鎧を纏った大きな管のような生物が私達の前を横切っていった。


 鮨や刺身のパックに付いてくる葉欄のような形をした、どこまでも一直線に長く続いている高さ1m弱の暗い菖蒲色の尾鰭と、びっしりと深緑色の鱗に覆われた胴体を見て、私は思わず東洋の龍……日本昔ばなしのオープニングの映像に出てくるような超大な物を想像した。最も海の中にいる生物だから鰭はあっても足は無いようだったが……。


 その予想外のスケールの壮大さに感嘆し、私達は我を忘れて息を呑みながらその生物の姿をモニター越しに凝視していた。

 唐突にジョナサンが口を開いた。

「凄いな……。」

「嗚呼……、素晴らしい。」

と、彼に釣られて私も興奮で顔を火照らせつつ呟いた。今、目の前にいる動物は文句なしに世界最大級と言っても過言ではない超弩級の巨大生物である。その生物と恐らく人類史上初めて接触し、その姿を確認して記録に遺しているのだから、発奮せずにいられる訳が無かった。


 巨大な身体を絡ませて大きな球状に纏まり、もぞもぞと不気味に蠢くそれを夢中になって撮影していると、到頭その生物が此方の方へ頭を向けようとゆっくりと此方へ振り向いて来た。その刹那、私達の興奮は最高潮に達した。が、それが正面から私達と向かい合った瞬間、まるで頭から液体窒素でも大量に掛けられた如く、私達は一様に眼前の恐怖で凍り付き、その場で立ち竦んだ。ポールに至っては、まるで失禁したのではないのだろうかと疑う程、その場でへたり込んで痙攣したように激しく身体をガクガクブルブルと震わせ、顔を引き攣らせながらモニターを見つめていた。


 その生物の顔面は、一言で言うと異様だった。

 顔は有るようで無く、ただ塀のように大きな歯が生えた巨大な口だけが筒のような胴体の先に付いているだけだった。

 規格外にでかい前歯は、上の方に5枚、下の方に3枚あり、その奥の口腔内にもびっしりと、まるで地獄にあるという針の山か剣の森のように鋭く尖った歯が、混沌とした暗闇に包まれた、相当奥の方まで生えているのが見て取れた、

 そしてその巨大な前歯の内、上の方の真ん中の3本、その内ど真ん中の1本を挟むように生えた2本の歯のそれぞれに、まるで眼孔のような大きな穴が空いてあり、その穴にきちんと収まるように、これまた巨大な……澄んだ青い瞳をした眼球が私達の方をじっと見据えていた。


 そうして、怪物は大きな口を、水門を開けるかの如く、徐ろにその隙間を広げながら、鞭のようにその巨躯をしならせ、猛然と私達に向かって突っ込んで来た。

 その姿は、まるで昔読んだ太宰 治の『新釈諸国噺』の中にある『人魚の海』という伝奇的な短編小説で、登場人物の中の一人である漁師の老人が主人公である、自分の名誉を回復する為に自身が射止めた人魚の亡骸を捜す侍に語った、おきなと呼ばれる巨大な怪魚を彷彿とさせた。

 だから、私は茫然としつつも、この怪物を『おきな様』と名付けた。


 誰かが、

「逃げろ!」

と叫んでいる。普段は冷静な王林が必死の形相で潜水艦を後ろへ急発進させ、怪物から逃げようとがむしゃらに操縦している。だが、そんな抵抗も虚しく、我々は大量の海水と共におきな様の腹の中へ飲み込まれた。

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