異世界の魔法文字が【漢字】だったが何かが違う
死んだら、どういうわけか生まれ変わっていた。理由は分からないが、どうやら閻魔様か誰かが、俺の魂に刻まれた前世の記憶を消し忘れたらしい。俺は大人の記憶を持ったまま赤ん坊となり、新しくできた両親のもとで育てられた。
しかも、俺が新たに生まれた場所は地球ではなく、魔法の存在する不思議な世界だった。
ファンタジー映画にでも出てきそうな話だが、それらの映画と違って平和そうな世界なのは、安心であった。
ちなみに、前世の俺は工業系の学校を出て町工場に勤めた、金属加工を専門とするエンジニアであった。
そんな俺が、この世界に存在した『魔道具』なる工業製品の技師を目指したのも、当然の流れと言えるかもしれない。
前世は一般家庭の出、今世も一般家庭の出。
だが、今世の世界は平民が学を為そうとすると、とても苦労をする。
それでも、残ったままの前世の記憶で下駄を履いて、才児だの神童だの言われた俺を今世の両親は精一杯支援してくれた。その結果、俺は知識を身に付けたうえで、魔道具技師の工房へ修行に出させてもらうことができた。
修業先では、生来の器用さと前世の記憶がある故の素直さで、親方と兄弟子たちから可愛がられるようになった。
そして、数年の修行を経て、俺はとうとう『魔道具』の核心部分である【魔法文字】を学ぶことが許された。
【魔法文字】。『魔道具』を動かすための秘中の秘である。
これの学習に、俺は何年も前から意欲を示していた。
それにも理由があって、まだ幼い頃に家にあった壊れた『魔道具』を分解してみたとき、俺は気付いてしまったのだ。
この世界の『魔道具』に使用されている【魔法文字】は、前世に存在した【漢字】だということに。
その『魔道具』には、【火】という文字と【水】という文字が刻まれていた。
なんでも、この二つの【魔法文字】が仕込まれた『魔道具』は、無から水を生み、火でその水を温め湯を出すのだという。
実家にあった壊れた『魔道具』は、給湯器であった。
日本人である俺が転生した世界であるからには、日本や地球とこの世界になんらかの関わりがあってもおかしくない。
その謎を俺は解き明かそうなどとは思っていない。だが、きっと、前世の記憶は将来の夢である魔道具技師としての成長に大きな影響を与えてくれる。俺はその【漢字】を目撃したとき、そう核心を持ったのだ。
そうして、いよいよ迎えた【魔法文字】習得の日。まず初めに、俺は親方から三つの文字を学んだ。
【火】、【水】、【光】。初歩かつ基本の【魔法文字】とされるこの三つ。
なるほど、【光】は大事だ。文明を支える基礎や基盤と言ってもいい。
各家庭には照明の『魔道具』が広まっているし、街灯だって設置されている。
ちなみに、【魔法文字】は使用する数が少なければ少ないほど、『魔道具』の製造コストは下がるらしい。
そこで俺は、一つ閃いた。
一般的な給湯器の『魔道具』。俺が幼少期に分解したこれは、【火】と【水】の【魔法文字】が使われていた。
俺が勤める魔道具工房でも、それは同じ。
ならばここで、たった一文字でお湯を出せる『魔道具』を開発すれば……界隈に革命を起こせるのでは。
俺は、そんな目論見で、親方に【魔法文字】の加工の許可を得た。
「ガハハ、【魔法文字】には法則があるんだ! それを知らんうちに、新しい【文字】を試すなんて無理なんだが……やってみるか?」
「はい!」
「おう、じゃあ、これで試してみろ。万が一あっても、出力は出ねえはずだ」
親方は、俺の挑戦を快く受け入れてくれた。
そして、【魔法文字】を刻むための触媒で、最も安価な素材のプレートを与えてくれた。
触媒は、安価でもなかなかの値段がする。当然だ。一文字増えるだけで、製造コストが爆増するような道具の部品なのだ。
それを惜しみなく与えてくれた親方に感謝しつつ、俺は習ったばかりの手法でプレートに【魔法文字】を刻んだ。
「お、おいおい。ちゃんとした法則通りになっていやがる。オメエ、この【魔法文字】をどこで学んだ?」
「えへへ……昔ちょっと」
俺がプレートに刻んだ【魔法文字】。それは、【湯】であった。
【水】でそのまま水を出し、【火】で熱してお湯にするのならば、【湯】ならば直接お湯を出せる。そう確信して、俺は小さな給湯器の『魔道具』を造り上げた。
「できました! お湯を出す『魔道具』です! さすがにお風呂を満たす量は出せないでしょうが、白湯を飲めるくらいの量は出てくれると思います!」
「はー、おそらくは、【水】関連の【魔法文字】だろうな。だから、オメエの言うとおり危険性はないだろうが……まあいい。起動してみるか!」
「はい!」
そうして、俺は親方が見守られる中、用意したタライの上で『魔道具』を起動した。
すると……。
「おお!」
「うおっ、オメエ、これはすげえぞ! この水、ちゃんと湯気が出ている! 熱そうな湯だ!」
見事にお湯がチョロチョロと出てきて、俺も親方も大喜び。
これを広めれば、この工房もさらに有名となれるだろう。そう、俺は親方を見てニッコリと笑った。
だが、動作を続ける『魔道具』を注意深く観察し続けていた親方の顔が、ふと怪訝なものとなる。
「なあ、オメエ。このお湯、なんか良い匂いがしねえか?」
「えっ、まさか、ただのお湯を出す『魔道具』のはずですよ!?」
とっさに、俺はタライの中のお湯を確認した。
すると、そこにあったのは、まるで温泉のような白濁とした湯。その湯が、周囲に得も言われぬ香りを振りまいていた。
その香りは、不意に俺の中に存在する前世の記憶を刺激する。
勤めていた町工場の近所に存在した、町中華の店。
昼によく飯を食べに行ったその店の売りは、鶏から出汁を取った『パイタンスープ』だ。
そこまで思い出して、俺はハッとした。
「パイタンは、漢字で『白湯』と書く……ま、まさか、この世界の【魔法文字】の正体って……!?」
「オメエ、どうした!?」
「日本語の【漢字】じゃなくて、本場中国の【漢字】だー!?」
中国語の【湯】。それはお湯ではなく、スープを意味する。
その事実に、俺は愕然としてしまった。
他の【魔法文字】も全て中国での【漢字】の意味を持っているとしたら……。困った、俺、中国語はほとんど知らないぞ!?
だが、【湯】という【魔法文字】はそれまで知られていなかった【文字】だったらしい。親方たちは未知なるそれに情熱を燃やし、日夜、【湯】の研究を行なった。俺も、町中華の店のメニューを思い出しながら、適切な【文字】の組み合わせを手伝った。
その後、低コストでパイタンスープを作り出す『魔道具』は、世間で大ブームを起こした。




