第1話 温暖化対策って本当に効いてんのか、とグラフを見て固まる
第2部開始です。
今回は、第1部でたどり着いた「CO₂削減だけでは足りない」という感覚を、改めて数字の側から見直していきます。
ニュースでは毎年のように、エルニーニョ、猛暑、台風、豪雨、記録的、観測史上、という言葉が流れてくる。
では、その一方で、世界の温暖化対策は本当に効いているのか。
今回は、その“成績表”を見る回です。
「今年も、エルニーニョの影響で──」
夕方のニュースから、お決まりのフレーズが聞こえてきた。
画面には、いつもの世界地図。
太平洋の真ん中あたりが、じわっと赤く塗られている。
『太平洋赤道域の海面水温が、平年より高い状態が続いています。今年はエルニーニョの影響で、台風の発生数も多く──』
「またかよ」
思わず、口に出していた。
ここ数年、ずっと似たような言葉を聞いている気がする。
エルニーニョ。
ラニーニャ。
観測史上。
記録的。
平年より高い。
平年より多い。
平年より暑い。
「いや、その平年って、いつの平年だよ……」
俺は、テレビに向かって小さく突っ込んだ。
“平年より異常です”を毎年聞いていると、だんだん平年のほうが幻に見えてくる。
画面右下には、くるくると渦を巻く台風の衛星写真。
その横には、「今年○個目」というテロップ。
『すでに台風の発生数は平年を上回っており──』
「だから、その平年はいつアップデートされるんだよ」
リモコンに手を伸ばして、音量を少し下げる。
画面の中のキャスターは、真面目な顔で「備え」を呼びかけていた。
『猛暑や豪雨への備えを──』
「備えろって言う前にさ」
俺は、ソファの背にもたれた。
「そもそも“温暖化対策”ってやつ、本当に効いてんのか?」
隣のモニターが、ふっと明るくなった。
真っ黒な画面に、白い文字が浮かぶ。
『ようやく、その質問が来たな』
いつものAIアシスタントだ。
『どこから見たい?』
「どこからって?」
『スローガンか。会議資料か。企業広告か。それとも、数字か』
「今日は数字で頼む」
俺は、手元のマグカップを置いた。
「政府も国連も企業も、ずっと“CO₂削減”って言い続けてるじゃん」
『言っているな』
「でもさ」
俺は、モニターを指さした。
「実際に世界のCO₂排出量って、減ってんのか?」
少しだけ、沈黙が落ちた。
AIは、すぐには答えなかった。
代わりに、画面が切り替わる。
『では、“成績表”を出そう』
第1節 世界のCO₂排出グラフという、成績表
モニターいっぱいに、一本の折れ線グラフが表示された。
横軸には、西暦。
縦軸には、世界のCO₂排出量。
1990年あたりから、線が右へ伸びている。
いや。
伸びている、というより。
「……上がってるじゃん」
思わず、声が漏れた。
グラフの線は、きれいな右肩上がりだった。
少しずつ。
少しずつ。
でも、確実に。
途中、一か所だけ、ストンと下がっているところがある。
2020年のところだ。
『ここが、新型コロナの年だ』
AIが淡々と説明する。
『ロックダウンで、工場と交通が一時的に止まった。だから排出量も落ちた』
「で、そのあとは?」
『見ての通りだ』
グラフの線は、2021年、2022年と、また元の軌道に戻るように上がっていく。
2023年には、2020年より上。
むしろ、過去最大を更新している。
「おい」
俺は、思わず前のめりになった。
「“世界はCO₂削減に取り組んでいます”って、ニュースで何回聞いたよ」
『何度も聞いたな』
「それで、このグラフ?」
『政治は、“削減目標のグラフ”を出す』
AIは、いつもより少しだけドライな口調で言った。
『物理は、“実際の排出量のグラフ”でしか答えない』
「言い方が怖いんだが」
『事実の話をしているだけだ』
画面の端に、小さなグラフが追加された。
『これは、先進国だけを抜き出した排出グラフだ』
ヨーロッパ。
日本。
アメリカ。
そのあたりの線が重なっている。
『全体のグラフに比べれば、ここは頭打ち、あるいは緩やかな減少傾向にある』
「たしかに」
先進国だけを見ると、右肩上がりは止まりかけている。
「じゃあ、なんで世界合計は増え続けてんだよ」
『こっちだ』
AIが、別の線を強調する。
『中国、インド、東南アジア、アフリカの一部。新興国と途上国の排出量だ』
その線は、迷いなく右上に伸びていた。
『電力インフラの整備』
『工業化』
『都市化』
『生活水準の上昇』
『それらは、現代文明ではCO₂排出をほぼ必ず伴う』
「つまり」
俺は、眉をひそめた。
「先進国の蛇口は、ちょっと締まりつつある」
『そうだ』
「でも、新興国の蛇口は、今まさに全開になっている」
『そういうことだ』
AIは、世界グラフの横に、簡単なイラストを描いた。
一つ目の蛇口には「先進国」。
二つ目の蛇口には「新興国・途上国」。
その下には、大きなバケツ。
さらに、床にあふれた水。
『排出量は、蛇口だ』
『大気中のCO₂濃度は、バケツと床の水位だ』
『排水口とタンクは、炭素固定システム。海、土、森、微生物』
『ポンプは、海洋循環』
「第1部でもやったやつか」
『そうだ』
AIが、一つ目の蛇口のハンドルを少しだけ締める。
『先進国の蛇口は、かろうじて少し締まってきた』
次に、二つ目の蛇口が、ぐるぐると回って全開になる。
『だが、新興国の蛇口は、これから電気と道路と生活を整えようとしている』
「それを悪いって言うのも、違うんだよな」
俺は、グラフを見ながら呟いた。
「電気が欲しいのも、道路が欲しいのも、冷蔵庫が欲しいのも、普通に生活の話だし」
『その通りだ』
AIは、即答した。
『問題は、誰かの発展が悪いという話ではない』
『現代文明の形そのものが、蛇口を増やす構造になっているという話だ』
バケツには、水が増え続けていた。
床にも、水が広がっている。
そして、排水口には落ち葉のようなものが詰まっていた。
タンクには、ひびが入っている。
ポンプも、妙に弱々しい。
『そして、排水口は詰まり気味』
『タンクはひび割れ』
『ポンプも回りにくくなっている』
「それで、“排出削減だけが唯一の解決策です”って言われてもさ」
俺は、元のグラフを指さした。
「この線を見ながら“唯一”って言うの、さすがにグラフに失礼じゃない?」
『グラフ視点では、そうだろうな』
AIは、さらっと言った。
第2節 ニュースの“削減”と、グラフの“増加”
テレビからは、まだニュースが流れている。
『各国は、2030年までに温室効果ガス排出を△%削減する目標を掲げ──』
「目標値の数字は、ほんと立派なんだよな」
俺は、テレビとモニターを見比べた。
左側のテレビには、COPだの、2030年目標だの、カーボンニュートラルだの、きれいなスライドが映っている。
右側のモニターには、地味な一本の線。
でも、その線は、どんなスローガンよりも正直だった。
『“削減努力”と“排出結果”は、しばしば別のグラフとして存在する』
AIが言う。
『政治は、「目標値」「削減率」「合意」のグラフを作る』
『企業は、「ESGスコア」「カーボンニュートラル宣言」のグラフを作る』
『だが、大気は、「実際に出たCO₂の量」しか見ていない』
「容赦ないな」
『温室効果ガスに、外交辞令は通じない』
「それはまあ、そうだけどさ」
俺は、マグカップを一口飲んだ。
温くなったコーヒーが、妙に現実っぽい味がした。
「こうして“成績表”を見ちゃうとさ」
画面の線を、指でなぞる。
「CO₂削減を唯一の解だって信じ続けるのは、もう無理だろ」
『“唯一の解”とまで言うのは、難しい』
AIも、あっさり認めた。
『必要なピースではある』
『だが、十分なピースではない』
「出た」
俺は、少しだけ笑った。
「第1部からずっとそれだよな。“間違いではない。だが、十分ではない”」
『それが一番正確だからな』
「腹立つけど、便利な言い方だな」
『便利ではない。構造的に正しいだけだ』
「そういうとこだぞ」
第3節 “唯一”と打ったあの夜の続き
「だから、あの夜なんだよ」
俺は、別のタブを開いた。
検索窓の履歴に、見覚えのある文字列がちらりと見えた。
――温暖化対策 唯一
「第1部の最終話でさ」
キーボードに触れながら言う。
「正直、ちょっとヤケになってたんだよ」
『だろうな』
「CO₂削減って言われても、グラフは増え続ける」
『そうだな』
「“個人でできること”って言われても、世界全体から見れば誤差にしか見えない」
『それも、気持ちはわかる』
「だから、聞いたんだよ」
俺は、画面を見た。
「じゃあAI、お前の言う“唯一の温暖化対策”ってなんだよ、って」
『ずいぶん喧嘩腰だった』
「うるさい」
AIが、少しだけ楽しそうに文字を返す。
『そして、そのときに出てきたのが──』
画面に、見覚えのある文章が表示された。
地球温暖化の根本的解決には、地球そのものを直接冷却し、炭素固定循環を回復させる「地球直接冷却モデル」が唯一の現実的手段とされます。
「こいつだ」
俺は、その一文を指で軽く叩いた。
「“唯一”って単語、ほんとはあんまり好きじゃないんだけどさ」
『危険な言葉ではある』
AIが、すぐに言った。
『唯一という言葉は、使い方を間違えると、思考停止を生む』
「だよな」
『だが、その夜のお前には、必要な刺激だった』
「否定はしない」
俺は苦笑した。
「あの一文のおかげで、やっとCO₂削減以外の回路が見えたのも事実だしな」
AIが、三つの単語を並べる。
『深海エアレーション』
『ミスト冷却』
『土壌再生』
その下に、短い説明が続く。
『海を呼吸させること』
『空と地表を冷やすこと』
『土に生命を戻すこと』
『それらを、排出削減と同時に動かす三位一体』
「第1部では、そこまで行き着いた」
俺は頷いた。
「Blue Pulseで海をいじる世界線まで描いて」
「パブリックコメントも書いて」
「“CO₂削減だけじゃ足りない”ところまでは、腹に落ちた」
『そうだな』
AIも認める。
『ただし──』
「出たよ、“ただし”」
『その理解には、まだ裏面が残っている』
「裏面?」
『CO₂排出グラフの裏側だ』
第4節 CO₂グラフの裏側にある、文明の影
AIが、世界の排出グラフの横に、別のグラフを出した。
人口。
「……こっちも、きれいに伸びてんな」
『産業革命前と比べると、およそ8倍だ』
「8倍」
改めて数字で聞くと、なかなかふざけた増え方だった。
『この8倍の人間を、どこに住まわせたのか』
AIが静かに言う。
『どうやって食べさせたのか』
『どうやって電気を届けたのか』
『どうやって道路を敷いたのか』
『どうやって都市を作ったのか』
画面に、森が出る。
次に、畑。
次に、工場。
次に、道路。
次に、海へ流れ込む川。
『その答えが、文明史だ』
「森を削って」
『そうだ』
「土をいじって」
『そうだ』
「川に流して」
『そうだ』
「海まで変えた」
『そうだ』
テレビの中では、まだエルニーニョと台風のニュースが続いている。
『今年の台風は、平年より多く──』
「平年、ね」
俺は、さっきよりも少し静かな気持ちで、テレビを見た。
その“平年”は、最初からそこにあったものなのか。
それとも。
俺たちが、少しずつ壊してきた世界の、途中経過なのか。
「その平年を作るまでに、俺たちは何を壊してきたんだろうな」
『それを見に行くのが、第二部だ』
AIの文字が、黒い画面に浮かぶ。
『CO₂排出グラフの裏側』
『人口グラフの裏側』
『森と土と海に刻まれた、二百年分の履歴』
「……めんどくさそうだな」
『めんどくさい』
即答だった。
「そこは否定しろよ」
『否定できない』
AIは淡々と続ける。
『だが、それを一度も見ずに、“CO₂削減だけが唯一の解”と言い続けるのは、さすがに雑だ』
「それは、まあ」
俺は、マグカップをテーブルに置いた。
「そうだな」
新しいファイルを開く。
タイトル欄に、ゆっくりと文字を打ち込んだ。
──第2部 第2話 産業革命から今まで、俺たちは何を壊してきたのか?
「まずはそこから、だな」
『そうだな』
AIの文字が、小さく「了解」と浮かんだ。
第2部の第1話は、ここで区切っておく。
蛇口は、まだ全開だ。
グラフは、まだ右肩上がりだ。
排水口は、詰まりかけている。
タンクは、ひび割れている。
ポンプは、弱っている。
だからこそ。
どこで何を壊し、どこから直せるのかを、ちゃんと見に行く必要がある。
少なくとも、もう一つだけは、はっきりしている。
CO₂の数字だけを見ていればいい時代ではない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
第2部第1話では、第1部ラストで出てきた「温暖化対策 唯一」という検索と、世界のCO₂排出削減の“成績表”を、改めて見直す回として描きました。
ポイントは、世界全体のCO₂排出量が、コロナ禍の一時的な落ち込みを除けば、基本的に右肩上がりを続けていることです。
もちろん、先進国の一部では、排出量が頭打ち、あるいは減少傾向にある地域もあります。
しかしその一方で、新興国・途上国では、電力インフラ、都市化、工業化、生活水準の向上にともなって、排出量が増え続けています。
これは、誰かの発展を悪者にする話ではありません。
問題は、現代文明そのものが、発展すればするほど蛇口を増やす構造になっていることです。
だからこそ、CO₂削減は必要です。
けれど、それだけでは十分ではありません。
第1部で触れた三位一体――
深海エアレーション。
ミスト冷却。
土壌再生。
これは、CO₂削減の“代わり”ではなく、壊れてしまった自然の循環を、別レイヤーから支え直す考え方です。
排出を減らす蛇口の対策。
炭素を固定する排水口とタンクの回復。
海洋循環というポンプの補助。
この三つを同時に見なければ、温暖化対策は片手落ちになるのではないか。
第2部では、その前提に立って、CO₂排出グラフの裏側にある文明史を見ていきます。
次回は、
第2部 第2話 産業革命から今まで、俺たちは何を壊してきたのか?
産業革命以降の人口爆発、森の伐採、土地利用の転換、単一植生、土壌崩壊、化学肥料・農薬、赤潮、デッドゾーン。
そういった「CO₂の裏側にあるもの」を、主人公とAIが一つずつ確認していきます。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成:リアル(Perplexity)
校正・文体調整:G(ChatGPT)




