20話 共鳴
男の笑い声。前までの不気味さなどは全くない。頭が痛い。ぶつけたのか? 後頭部から感じる生暖かい感覚に吐き気を覚える。
いや、嫌だ。死にたくない。夕暮れの交差点。車のライトの記憶。嫌だ、もう死にたくない。
しかし、体は言うことを聞かない。動け、動け。逃げなきゃ……逃げ、ろ。
その刹那、一つの出来事が俺の思考を止めた。
空気が凍りついた。
地面。
木々。
ガリンの足元。周囲すべてが凍りついた。
……何が、起きた?
「大丈夫?」
隣から声が聞こえる。
視界は動かせない。ただその声の正体が洞窟で会った女性であることを理解した。視界がぼやけていく。
「これ。飲み込んで。」
直後、口の中に冷たい感覚が広がる。
「洞窟の聖水。飲めば治る。」
俺は必死にそれを飲み込む。直後、視界が戻る。一瞬で傷は塞がる。痛みも即座に消えた。
「こんな少量でも、ここまでの効果が……。」
女は隣でボソリと言った。
「早く立って。あいつまだやるつもりだよ。」
足元の氷を破壊したガリンは彼女に襲いかかる。
くそっ。理解する時間もくれない。俺はガリンを抑えようと前に出ようとする。
「下がりなさい。」
女は吐き捨て、俺と自分を包むように氷の魔法を作り出す。
「あなたは少し自重を覚えなさい。」
この人、魔法の使い方が上手い。ガリンが魔法を作り出していたときのようだ。強い……俺なんかに守られる存在じゃない。救ってもらった恩はここで返すべきじゃないようだな。
「すまない。どうすればいい。あんたに従う。」
「案外、素直なのね。でも私は人に命令するのが苦手なの。好きにすればいいわ。」
「そうか。じゃあ、一緒に戦わせてくれよ。逃げるつもりはないだろ?」
「美雪……私の名前。一緒に戦うなら大事でしょ。」
「レンだ。少しの間かもしれないけどよろしくな。」
美雪が包むように防いだ氷の魔法を解く。
そこにいたのは獰猛に笑うガリン
「やっと出てきやがったか。」
ガリンは再び、美雪に拳を振るう。あいつ、俺のことはもう眼中にないのか?
舐めやがって!
俺は一気に距離を詰め、ガリンの顔面に向かって回し蹴りを出す。しかし、灰色の塊がそれを防いだ。
こいつ……同時に使えるのか?! しかし、それは砕けた。蹴りがガリンの後頭部に直撃する。
柔い。成程……。使えるが適正はないってことか。生成が遅かった。出来上がる前だったからか? いや、前なら間に合っていた。どちらにしても前ほど脅威ではない。
「痛えな。だがお前は怖くない。」
距離をとれ。欲張るな。迷惑だけは掛けちゃいけない。今は一人じゃない。
「ねぇ、あなた。まだ、奴との肉弾戦に勝てる?」
「無理だ。流石に木を根元からへし折ることはできない。」
「魔法を使っても?」
「魔法は持ってない。いや、正確には持ってるが使えない。」
美雪が疑いの目を向ける。
「魔力も?」
「魔力? なんだそれ。」
存在くらいは知っている。ラノベを読んでいたからな。でも、この世界にも魔力があるかは知らない。
「今そんなつまらない冗談を言ってる暇があるの?」
「すまない。この世界に来てまだ数日なんだ。」
美雪は小さく舌打ちをする。
「転移者? なんでこんなところにいるのよ。」
ガリンが美雪に距離を詰める。美雪が後退しながら氷の壁を作る。
「説明してる暇はない! 感覚で使いなさい!」
美雪はそう言うと、壁にした氷を崩し、無数の塊を作り出しガリンに反撃する。ガリンは避けることなくそれを受けた。
冗談だろ……。どうしろってんだ。どんなものかすらわかんねぇぞ。
……いい。分からないなら捨てる。今頼れるのは拳だけ。奴にダメージが通るとすれば、急所……。詰めるべきは顔面だ。
俺は美雪の動きを観察する。相手にされてないなら俺には隙を作るということ。
一方的な攻撃、防戦一方な美雪の戦いに割り込む。
ここだ。弁慶の泣き所に蹴りをぶち込む。
嘘だろ? 無視かよ。なら、がら空きだ。
がら空きの顎に前蹴りを入れる。3重に作られた壁を2枚破壊、届かなかった。
背後に回る。美雪は氷で作った鋭利な刃物でガリンの首を狙う。しかし、それも壁で防がれてしまう。
「弱いなあ。」
ガリンはそう言い放つと一蹴り、俺を飛ばす。美雪の足を掴んだ。片手で持ち上がる様は狩る者と狩られる者だった。
「終わりにしよう。」
ガリンの一言に美雪が反応する。階段一段分ほどの高さに氷を作った。
乗れってことか? 俺は後先考えずに足をかける。もう一段高い位置に氷が作られる。
……階段か。
俺は、作られるのを信じ足を前に出す。応えるように氷は作られる。
美雪は、レンの足場を作りながら、ガリンに抵抗するように氷の塊を飛ばす。
「逆さに持ち上げられようと諦めないその勇気、俺は好きだぜ。」
ガリンは美雪ばかり警戒している。
「レン!」
美雪が声を上げた。先にはもう足場は作られない。
ガリンの真上。俺は飛び降りた。
美雪、お前の期待に応えてやるよ。目を閉じる。胸に小さな熱を感じる。これが、魔力か? 手を伸ばす。魔力と認識してからそれが全身に広がるのが分かる。
今ならいける! 俺は魔力を放った。小さい魔力が無数に作られる。雨のようにガリンに振り注ぐ。ガリンはそれを避けなかった。
「効くわけねぇだろ。そんな技。」
ガリンとレンの距離は数メートル。レンは小さく息を吸った。
魔力を右手に、一点に集中させろ。あの顔面に俺の全てを出し切る!
手の平に魔力を集める。しかし、魔力は留まってはくれない。放出した瞬間から空気中に霧散しようとするエネルギーを無理やり押し留めるようにして塊へと変える。消え去る前にガリンの顔面へと強烈に押し付け、ぶち当てた。ゼロ距離で弾けた魔力はガリンを怯ませた。
ガリンの手が緩み、美雪が落ちる。美雪がガリンに手をかざす。ガリンは即座に美雪を襲う。
まだ、俺は戦える。足を地についた瞬間、足をたたみ、飛び込む。蹴りを繰り出し、ガリンを止める。
「凍れ」
直後、目の前に氷塊が現れる。ガリンは美雪の魔法により完全に凍らされた。
「アイシクルランス。」
ガリンを覆う氷に美雪は氷の槍を打ち込む。氷の内部が赤く染まっていく。
俺はその場で尻をついた。
「殺したのか?」
美雪は首を横に振った。
「心臓は避けた。死なないと思うけど、もうこれ以上は戦えないと思う。不満?」
「いや、いい。」
凍らされたガリンを見た。
「お前は強かったよ、じゃあな。」
会場には雨が降り出した。




