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6 独白

 私はアスクレーに連れられ、この惑星を案内された。


 空間を操る能力を使っているのか、周囲の景色は瞬く間に変化した。そこから少し歩き出す。


「アスくん、ここはなんていう惑星なの?」


「そうだなぁ……未来(ミキ)の思うような名前は存在しないよ」


「便宜的につけてみてもいい?」


「うん、どんな名前?」


「惑星ヘルメス」


 私は、地球のとある地域に存在した日本神話に似た神話の神の名を口にした。


「なるほどね。いま未来(ミキ)の考えていることを読み取ったよ。素敵な名前だね」


「やだ……あんまり私の頭を覗かないで……」


 そんなやりとりを交わしながら、アスクレーは歩きながら私の手を取った。


 ――初めて握る、男の子の手。

 暖かくて、優しい感触だった。


 私は少しうつむき、胸に手を当てる。


「さあ、ここが『ヘルメス』の中心地だよ」


 アスクレーがそう言うと、光のさす先に景色が広がった。


 そこには、大きな円錐状の尖塔がいくつも立ち並び、水のように流れる物質が高く吹き上がっていた。太陽のような光がそれに反射し、水面にはきらめきがあふれている。全体的に青みがかった色調の中、ところどころに砂のような灰色の物質も存在していた。


 ここは『楽園』と呼ぶには少し違う。かといって『冥界』でもない。


 私は目の前の光景に心を奪われながらも、どこか冷静に分析していた。


未来(ミキ)、お腹が空いたよね。食事にしようか」


 そう言ってアスクレーは、私をひょいと抱え上げ、一本の尖塔の中へと連れて行った。


 そこは、ぐるりと見渡せる高層ビルのレストランのような空間で、小さなテーブルと腰かけ椅子があり、私はそこに座らされた。


 そしてアスクレーは、私の大好きだった、母が作ってくれた『オムライス』を出してくれた。


 思わず感激して、私は涙ぐんでしまった。


 少しずつ口に運ぶ私を、アスクレーは何も言わず、ただ静かに見守ってくれていた。


 私はオムライスを完食し、感謝を伝えた。


 するとアスクレーは、真面目な表情を浮かべて語り出した。


未来(ミキ)、少しお話をしよう。未来(ミキ)のことも知りたいし、ボクのことも伝えなければならない」


 アスクレーは大きな瞳を少し細め、けれど穏やかな笑みはそのままに、身体を少し斜めに傾けてリラックスした姿勢を取った。


 私はその構えを見て、どうやら緊張感のある重い話ではなさそうだと思い、私もアスクレーにならって表情を和らげてみせる。


「私のことは、全部頭の中を覗けるんじゃないの?」


 私は少し茶化すように言った。


「あはは、ごめんね。それはそうなんだけど、もっと深いところまではわからないよ。未来(ミキ)の言葉で話してくれるまでは理解できない」


 その言葉に、私はなんとなく納得した。


 アスクレーはきっと、今私が話している言葉や、考えていること、過去に読んだ本などをラーニングしながら思考し、日本語を話しているのだろう。


 そして、私の今の思考や、これまでの経験を読み取ることまではできても――

 深層心理や、これから起こす行動、突発的な感情、衝動や喜怒哀楽までは、読み取れないのかもしれない。


「さあ、なんでも話してごらん。ボクは未来(ミキ)の言うことは、すべて受け入れよう」


 アスクレーは足を組み、手のひらをこちらへ向けて差し出した。


 私は、静かに語り始めた。


「私は、地球という惑星に生まれてからこの十六歳になるまで、ずっと病気を抱えていたの。それは生まれつきの、先天的なものだった。筋肉痛とか、皮膚症状、関節痛と、ずっと闘ってきた。それはもう、治らないものだと思ってた。

 強い薬による治療法とか、リハビリに近い生活指導のもと、改善策を探し続けてきたの。

 2200年代の地球はとても高度な文明で、技術や研究レベルもすごく高かった。でも、それでも私の病気は治らなかった。

 私自身も研究者で、飛び級という形で学習レベルを上げて、誰よりも高い水準で勉強と研究に励んでいた。世界中の文献を漁って、AR技術を使って各国の研究者や科学者たちと交信しながら、技術の向上に努めた。

 でも、ダメだった。

 身体は動かなくても、頭脳はまだ正常だったから、私は脳波で父や学者たちと連携をとって、いくつかの論文を残した。きっと私の功績は、後世には残ると思う。

 だけど――人間という不完全な存在は、きっとこの先も、ずっと不完全なままなんだろうなって思った。

 似たような病気で、『ガン』っていうのもあったけど、あの時代になっても、いまだに完全には解明されていなかった。

 自分の病気は、自分自身と闘う以外に、解決方法はなかった。どれだけ努力しても、それはきっと徒労に終わる。

 ……でも、まだまだやりたいことはあった。それでも、今ここに来られたことは、少しだけほっとしてるんだ」


 私は長々と語った。


 アスクレーはじっと私を見つめ、ずっと黙って話を聞いてくれていた。


 私の声のトーンが変わるたびに真剣な表情を浮かべたり、前向きなことを言うと、やわらかく口角を上げて微笑んでくれた。


 その間、頬に手を当てるしぐさは変わらず、少し斜に構えた姿勢の彼は、どこか儚くも、美しかった。


 私は、さらに言葉を続けた。


「私は地球にいた頃、ずっと宇宙に希望を抱いていた。そして、無限の可能性を思い描いていたの。地球という惑星は、それ単体でも広大で、膨大な人口を誇っていたけれど、それでもまだ解明できないことがたくさんあった。

 なのに人間は未発達で、未熟で、不完全なままだった。

 私が一番愚かだと思ったのは――人類同士で争うことだった。土地の奪い合い、偶像崇拝、経済摩擦、内戦。あらゆるものを理由にして争い、あらゆることで奪い合う。

 それが本当に、愚かなことだと思っていた。

 もしも、私の研究することが、いずれその争いの種になるのだとしたら――私はもう、研究者なんてやめてしまいたかった。

 すべての研究データは、本当に楽しくて夢中になれるものだった。でも、それらが軍事に転用されるのだとしたら――私は、この短い命を、別のことで燃やしたいって、そう思うようになった。

 それが、宇宙への扉だった」


 私は少し喉が渇いていた。


 その頃合いを見計らったように、アスクレーは少し大きめのグラスを差し出してくれた。中には、私の大好きなレモンとジンジャーの炭酸水が入っていた。


 ――お母さんがよく作って飲ませてくれた、あの味だった。


 アスクレーはまた、優しく「いいよ、続けて」と言ってくれた。


 私は、語りを再開する。


「どうしても、宇宙をこの目で見てみたかった。地球では叶わなかった、この病気の治療を――どこか遠い惑星に住む、もっと高度な文明を持つ異星人が、治してくれるんじゃないかって。

 子供のころから、ずっとそう思い描いていた。

 無茶な計画だと思ってた。バカにする科学者もいた。

『環境を変えれば何かが変わると思うのは、未熟の証だ』って。

 でも、なぜか――同じ研究者で、私の上司でもある父が、大いに賛成してくれた。実の娘を、可愛く思わないのだろうか……と考えたこともあった。でもそれ以上に、仮説を立てたら実験したくてたまらないのが、研究者の性なんだと思う。私の発案をもとに、父はすべての計画を立てた。

 世界中の科学者たちが集まり、私を宇宙へ送るプロジェクトが進んだ。

 ――そして、私はこうして宇宙の彼方に放り込まれた」


 アスクレーの表情が、少しだけ固くなる。


 その奥にある彼の気持ちは、私にはわからなかった。

 でも、私は話をやめなかった。


「私が宇宙船に乗る直前、父に言われたの。


『わたくしは未来(ミキ)の“意識レベル”を0.1%だけ持ち堪えられるように、この“7光速星間飛行宇宙船”に君の脳を《深層意識大脳電極装置》に接続しておくことにした』


 一応、了承を取るようなことを聞いてきたけど、たぶん、私の意思なんて関係なしに、もう取りつけていたんだと思う」


 アスクレーが、初めて明確な反応を見せた。


 ほんのわずかな仕草だった。でも、私にはそれがわかった。


 その理由は、あとで聞こうと思いながら、私はさらに語った。


「でも、そんなことはもうどうでもよくて……私は、宇宙の藻屑になってもいいって、本気で思ってたの。

 生き残れる可能性なんて、ほとんどないだろう。自分でも、無謀な計画だってわかってた。


 でも、そんなことじゃなかった。


 ひとつだけ。

 本当に、ひとつだけ。


 私は、重大な過ちを犯した」


 アスクレーは、伏し目がちに私を見つめている。


 私の鼓動が早くなる。息も少し、苦しくなっていた。

 でも、私は続けた。


「……こんなに寂しいと思わなかった。父は言ってた。『自分のことを認識できるかできないかくらいの意識レベルだよ』って。

 でも、実際はそんなもんじゃなかった。

 はっきりと自分のことはわかったし、思い出も、研究のことも、全部思い出せた。むしろ、病気でふせっていた頃よりも、意識ははっきりしていたかもしれない。

 この、果てしない宇宙。暗い銀河の彼方で、私は、たったひとりだった。

 母は最期に『元気でいてね』って言ったの。全然、元気じゃなかった。

 寂しくて、寂しくて、怖くて、寒くて

 本当に、ひとりぼっちなんだって、常に不安で、悲しかった。

 こんなことならお母さんに見守られながら、地球で死にたかった。

 友達に悲しんでもらいたかった。

 研究者として科学者として、見事な最期を遂げたかった。

 私は……本当にバカなことをした……って……

 心の底から後悔したんだ……」


 実は、ここが


 私の本当の、本音だった。


 誰にも言えなかった。

 言うということすら、もう叶わないと思っていた。


 でもアスクレーは、こうして聞いてくれている。


 こんな私の

 ただのわがままな一人の娘の後悔を。

 黙って、すべて、受けとめてくれた。


 私はそのまま涙にくれて、深い悲しみに包まれていた。


 アスクレーは、そっと私を、抱きしめてくれた。

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