天空の鉱山
世に出てはいけないものが世に出てしまう。
南米大陸、ペルー共和国、プーノ県、サン・アントニオ・デ・プティナ郡、アナネア地区、ラ・リンコナダ町
2025年2月4日(火)
午前07時05分頃
自称写真家でインフルエンサーの徳森修は昨日の夕方にここへ着いた。南半球の夏季なはずだが、ここは標高5000m以上の地点にある町。今の気温は1度だった。ここの冬に比べれば暖かいかも知れないものの、骨まで凍えると感じた。
「頭痛いし・・クソ寒い・・・何が夏だ・・・クソが・・・」
部屋の中で悪態を付き、ペットボトルの水をガブ飲みした。
今年の7月に58歳になる独身の彼は大金持ちの末子だった。兄3人と姉2人は日本、ヨーロッパとアメリカに暮らしていて、親の事業へ引継ぎ、若しくは堅い職業に就き、作った家族と共に安定した生活を送っていた。
両親は亡くなった後、遺言書により、莫大な遺産の一部は自分のものになり、親の会社でお飾り役職付き職を辞任し、世界の旅に出た。
「シュウさん、先ほど宿の主人に聞いたの。病気になった奴が出たの。宿から出ない方がいいって言われたのよ。」
ドアノックもせず、部屋に入った、188センチの巨漢で禿げた頭の男、チキと呼ばれているガイドが修に忠告した。男の本名はホアキンでこのチキというあだ名はかなりの皮肉だった。チキはチコの愛称で【小さい・チビ】を意味する言葉だった。実際、彼は40代後半の白人系の大男で130キロの肥満体だった。
元は首都のリマ市出身で以前、隣の県であるクスコ県のクスコ市内で観光で訪れる日本人女性をたぶらかして、お金を稼いでた。日本人女性専門のガイド兼詐欺師だった影響でその辺のガイドより日本語が上手かった。覚えた日本語は女言葉だったので、その身なりで日本人から見たら、大柄のオネエ系にしか見えなかった。
「どうでもいいだろう・・・それ・・・俺には関係ないじゃん。」
「でもね、危ないのよ・・・宿の主人は昨夜遅くにエンディアブラードが出たと言っているのよ。」
「エンディ・・何?」
「エンディアブラードよ・・・悪魔憑きだわ・・・」
「チキよ、俺はお前に大金払っているだろう、地元民の迷信なんか無視しろよ。」
「地元民に忠告されたのよ・・・あたし、怖いわ・・・別料金を払うなら別よ。」
修は呆れた。この国に来てからずっとカモにされていた気がした。でもこの国に来てからSNS映えは素晴らしく、フォロワーが一気に増えた。自分はイケオジと思っていたし、実際、親の遺産を食いつぶしながら世界中を旅し、そこそこ人気が出ていた。
「わかった・・・プラス200ドルでどうだ?」
「命の危険があるわ・・少ないのよ・・・」
「わかった・・・プラス300ドルと最後に500ドルのボーナスを払う。」
「はい、喜んで・・・あたしやるわ。」
修と大男は握手を交わした。
宿の主人は再び忠告したが、修がわざとらしく投げた100ドル札を拾って、黙った。
二人は宿を出た後、主人は宿のドアを施錠した。
彼らは町の狭い路地を歩きだした。
町の入り口付近の有人駐車場でレンタルしたランドクルーザーを止めていた二人がそこへと向かった。
「今日は雪降りそうだわ。」
「ああ・・・そう見たい。でもここから見える絶景が最高だ。」
「あたし、ちょっと怖いわ・・・外には誰もいないのよ・・・毎朝だと活気があると聞いていたわ・・」
「確かに不気味だな。自撮りした後、普通の写真を撮って、夕方の便でリマへ戻る。」
「シュウさんを送った後、あたし、クスコへ帰るわよ。」
二人は無人になった路地を歩いていたら、叫び声が聞こえた。
「何だ!!」
「悪魔憑きよ・・・きっとそうよ・・」
その叫び声が自分たちがいる方角へ向かっていると感じた。
「ちょっとヤバい、駐車場へ行こう、車の中で避難しょう。」
「早く行きましょう・・・声が近いわ・・・」
駐車場へ行く道は下り坂だった。修とチキはできるだけ急いで降りていた。
奇跡的に高山病にならなかったものの、酸素が薄い高地で動くのは厳しかった。
確実に初老であろう修は肥満体のチキより遅かった。
「早く、シュウさん・・・」
呼吸切らしながらチキが修を促した。
「うるさい・・・クソデブ・・今行く。」
下り坂の最後に駐車場が見えてきた。
駐車場の従業員が入っていたプレハブのドアと窓が閉まっていた。
簡易なゲートバーは上げたままだった。
「良かった・・」
修は呼吸切らしながら安堵を覚えた。
その時、後ろから走る足音が聞こえた。
二人は狭い通路で後ろへ振り向いた。
走っているのは少年だった。14~15歳ぐらいの少年。
酸素が薄い地域なのにあり得ない速さで走っていた。
「エンディアブラードだわ・・・怖い・・・」
チキがパニックになり、横道に入った。
「何処へ行くんだよ・・・こら、お前!!」
修が叫んだ。
チキは横道の民家のドアを叩いた。
修はランドクルーザーの鍵持っていなかったのでチキを追いかけた。
民家に人がいたのだが、誰もドアを開けなかった。
少年は二人を追いかけて横道に入った。
修はその時、少年を見た。
みすぼらしい服を着ていて、顔は土で酷く汚れていてた上、口から泡を噴いていた、そして一番恐ろしかったのは目だった。
瞳も結膜もなく、真っ黒な目だった。
少年はドアを必死に叩いているチキへと一直線に走った。
「クソガキが!!!」
チキはスペイン語で叫び、護身用のリボルバーを出して、何の躊躇もなく、発砲した。
撃たれた少年は何もなかったかのようにまっすぐ走り、大男に飛び乗った。
チキが発砲し続けたが、弾丸は少年の体に入っても、血も出なかった。
「助けて・・・シュウさん!!」
チキが必死に助けを懇願した。
修は護身用に持ってきた警棒を出して、大男の上に跨っている少年の背中を叩いた。
少年は手でそれを払い、不自然に伸びていた爪で修の右手を引っ掻いた。
厚い手袋をしていたが、修は一瞬だけ痛みを覚えた。
それから少年は再び大男に視線を戻し、右頬を思い切り噛んだ。
大男は悲鳴を上げた。
「痛ええ、このガキ!!!」
チキがスペイン語で悪態をした後、再びリボルバーを撃った、その最後の弾丸が少年の眉間に入った。後頭部から黒く固まった血、脳みそと頭蓋骨の破片と共に出た。少年は動かなくなった。
修に少年の黒い血と脳みそが片腕にかかった。
チキが動かなくなった少年の体をどかし、立ち上がった。
「あのクソガキはあたしの顔を噛んだのよ・・・ひどいわ、この町に診療所ないはずよ。」
「車に救急箱があるんだ、まず車のところへ行こう、それからフリアカ市へ行こう、そこの病院で診てもらった後、嫌でも今回のことを警察に報告しなきゃならない。」
修は不満そうに思ったが、他に方法がなかった。
「おい、あんたら、噛まれたのか?」
ドアを開けなかった民家の中から誰かスペイン語で声をかけてきた。
「噛まれたって聞いてるの、シュウさんは噛まれた?」
「俺は噛まれてない。」
修は確かに事実は言った。
「じゃ、あたしだけね・・・本当に痛いわ・・取り合えず答えるね。」
チキはポケットからハンカチを取り出して、噛まれたところに充てた。
「私のクライアントは無事です、自分だけ噛まれました。お願い、手当してほしいのです。」
チキはリマアクセントのスペイン語で答えた。
民家の窓がゆっくりと開いた。そこから古いモーゼル騎兵銃の銃身が現れた。
「噛まれたのはあんただけか?」
「はい、私だけです。怪我の治療をしていただけると助かる。」
チキがスペイン語で答えた。
「わかった。」
「ありがとう、助かります。」
チキはその台詞を言い終える前に頭が撃たれ、屍となって、地面に落ちた。
チキの血、頭蓋骨と脳の破片は修の体にかかった。
「おい、チーノ(※中国人の意)あんた、スペイン語わかるか?」
「ウン・ポコ(少しだけ)」
恐怖で顔面蒼白になった修は答えた。
「噛まれてないのか?」
「噛まれてない。」
「早く帰れ、お前のような外国人が来るところじゃない。お前は何も見てない、何も知らない。いいな、チーノ?」
「エンティエンド(わかった)」
「早く失せろ!!」
声はイラつきながら怒鳴った。
修はチキの遺体のズボンのポケットに手を入れて、ランドクルーザーの鍵を取り出した。
後ろから撃たれると思いながら、出来るだけ早く駐車場へと向かった。
運よく撃たれなかったので車に乗って、エンジンをかけた。
その時、再び町の中で叫ぶ声を聞いた後、複数の銃声音が鳴りだした。
修は何も考えないように3時間あまり車を運転し、フリアカ市のインカ・マンコ・カパック国際空港へ向かい、13時55分発のリマ行きのLATAM航空の便に乗った。
道の途中で血の付いた服を捨て、着替えた。
少年の爪に小さい、右手にはほとんど見えない引掻け傷されたこととチキの血の一滴が口から体内に入ったことを彼は気付かなかった。
再投稿の小説です。
日本語未修正。